——雅人さん私、好きな人ができたの。

 そう言った彼女は泣いていたんだっけ……。
 僕には理解ができなかった。なぜ泣いている? 泣きたいのはこっちなのに。
 そもそも泣くくらいならばなぜ別れるとか言うんだ? 僕たちは上手くいってたじゃないか。ケンカだってしたことなど片手で数えられるほどだ。その内容だって別れ話に至る内容なんかじゃない。
 僕は仕事をバリバリこなし、お金をためて、キャリアを積んで。そしたら僕は、こずえと結婚しようと考えていたのに。

「——佐藤さん、大丈夫ですか!」

 ハッとして、僕は息を飲んだ。僕の視界には過去の映像が走馬灯のように流れていたが、みーこさんの声に連れ戻されるかのように、僕は今自分が豊臣神社の鳥居の前に立っていることを思い出した。

「汗がすごいですよ。熱中症かもしれません。一旦社務所に入りましょう」
「あっ、ああ……はい……」

 みーこさんは僕の腕を掴んで、社務所へと歩き出した。
 さっきまでみーこさんからのスキンシップに恥ずかしげもなく心を躍らせていたにも関わらず、今感じるものは”無”だった。

「水分をしっかり取ってください」

 社務所の中にある古びた冷房機のスイッチを入れ、みーこさんは冷蔵庫から取ってきたオレンジジュースをガラスのコップに注ぎ入れてくれた。
 僕は言われるがままにそれを飲み、冷たいオレンジジュースが喉の奥を流れていく様を感じながら、さっきの光景を考えていた。
 白いワンピース。あれは去年の夏の終わりにこずえが買ったと言っていたワンピースだ。それを着て水族館へ行こうと話をしていたが、結局大詰めだった仕事が立て込み、流れてしまったのだ。

「先ほどの参拝客は初めて見るお顔でした。この辺りの方ではないですね」

 直接的に質問はしてこないが、みーこさんはまだ疑問に思っている様子だ。

「あの手紙、なんて書いてあったんでしょうねぇ。左右は、知ってる?」

 左右? そんな言葉に僕は思わずみーこさんが見つめる先に視線を送る。すると僕の背後にある部屋の入り口の扉の前で腕を組んだ形で背中を預け立つ左右がいた。

「ああ。括り付けながら、唱えるように読み上げていたからな」
「じゃあなんて書いてあったの?」
「……」

 手紙の内容に関しては、僕も気になる。思わず左右の顔をまじまじと見つめたが、こいつは話す気が無いようだ。口は固く閉ざしたまま、開く様子がない。