思い切って田舎に来てよかったなと思えるのは、一時は本当に死ぬかと思っていた僕の心が、少しずつ回復の兆しを見せていることだ。
 みーこさんのスキンシップにドキドキするのもその一つだと僕は分析していた。
 失恋したくらいで人は死にはしないと聞くが、僕は死んだも同然だった。体や脳は動いている。けれど心が朽ちていた。
 いつか元彼女とのことも思い出に変わるだろうと思っていても、それが一体いつなのか。思い出になるのなら今すぐ、瞬時に変わってくれないのであれば意味がない。そう思っていた。だって当時の僕の心は全く機能していなかかったのだから。
 ただここへ来て何もしない毎日だったなら、今も僕は病んでいたかもしれない。けれどこうして麗しの女神であるみーこさんに心のオアシスをいただき、何かしら目新しい出来事や人々に出会ったことが功を奏したのだと思う。
 ねずみ小僧には感謝するつもりは爪の先ほど、みじんこのケツの先ほども思わないが、この神社に出会えたことは良かったなと思う今日この頃だ。

「しかし今日も暑いですね。社務所に着いたら冷たいお茶でも入れますね」

 僕はこめかみに滲む汗をポケットに入れいたハンカチで拭った。

「ありがとうございます。本当に暑いですね。夏も終わりのはずなのに……」

 僕たちが神社の階段を上りきった時、輝くように白いワンピースを着た女性が目に飛び込んできた。その女性はつばの大きな麦わら帽子を片手で押さえながら、長い黒髮はそよ風と戯れるようになびかせている。

「あっ、参拝の方でしょうか。こんにちは」

 みーこさんがいつもの様子で参拝客に声をかける。けれど僕はみーこさんの後を追って、その参拝客の元へは行けない。足が地に張り付いて動けなくなったようにビクともしない。
 背筋良く凛と立つその後ろ姿。白いワンピースの腰部分には赤く細いベルトを巻きつけ、太陽の光で輝くように真っ白なワンピースの上でそれはやたらと際立っていた。

「……嘘だろ」

 参拝客の女性はゆっくりと振り返りみーこさんを見た後、視界に入った僕の姿を見て大きな瞳は丸々と見開かれた。

「こずえ……」

 そこに立っていたのは僕がよく知る人物であり、僕がこの田舎に来るきっかけとなった——元彼女だった。