僕がここに来た一番の理由は、別れた彼女との思い出を断ち切りたいがためだ。ただ仕事にも打ち込めず、彼女との思い出が多いあの場所から離れたかっただけ。正直どこでもよかった。なんなら実家に逃げたって良かったんだ。
 だけど実家を選択しなかった理由は、あれこれ母さんにうるさく言われるのが嫌で、父さんに仕事もせずにフラフラとしていると思われるのも嫌で、この田舎に来たのだ。
 ちょうどばーちゃんが一人で住んでいて、心配だからという名目も立つし、ばーちゃんなら要らぬ詮索もしないだろうと思ったからだ。
 どこまでも自分可愛さに選択した結果だった。だからこうしてキヨさんに褒められると、正直者の僕の心が雑巾絞りの刑でも処されているような感覚がして、呼吸が浅くなる。これが良心の呵責というものなのかもしれない。

「豊臣神社が見えて来たわね。あっ、あれはみーこちゃんじゃないかしら?」

 神社の階段下で手を振っているのは紛れもなくみーこさんだ。いつもの巫女装束が青空の下でよく映えている。

「キヨさん、こんにちは! 今日は佐藤さんのお宅に行かれてたんですか?」
「そうなの、お昼をご馳走になって来たのよ。二人はこれから新聞づくりをするのかしら? 依頼があったって雅人さんから聞いたけれど?」
「あっ、いえ、まだ占い調べられていないようなので僕たちの出番はまだ先だと思います」

 キヨさんが不意に言ったこの一言に、僕は慌てて口を挟む。みーこさんにこいつ、依頼の話を口外したのかって思われるんじゃないかとハラハラしながら、僕はキヨさんの言葉を補うようにそう言った。
 大事な話は一切触れてないですよ。僕は口の軽い男なんかじゃないですよ。……と、みーこさんに分かってもらえるようにやんわりと。

「そうなんです。今父が占いをしているところでして、今から依頼主の子のところへ伺って、依頼は受け取りましたよって伝えに行こうかと思っています」
「そうなの。私の時もそうだったけれど、きちんと依頼主のところに連絡しに行くのはマメよね。大変じゃないかしら?」
「いえいえ、これも神社の宣伝でもありますので……なんちゃって」

 みーこさんがおどけるようにあははっと笑っている。気が利く上にユーモアもある。毎回みーこさんの言動には驚かされてばかりだ。僕が言わんとすることも察してくれている様子だし、きっと巫女ではなく企業で働けば間違いなく良い仕事をし、僕の部署で働いてくれれば良いサポートを貰えるだろう。なんともこの小さな神社で働くにはもったいない人材だ。

「ふふっ、豊臣神社はとても良い広告塔を持っているようね」
「あははっ、だと良いのですが」
「とにかく頑張ってね。それじゃ私はここで」
「はい、ではまた!」

 大きく手を振るみーこさんに対し、小さく遠慮がちに手を振りながら去っていくキヨさん。そんなキヨさんを見送った後、僕たちも小学校へ向けて歩き始めた。