「神様は本当にいるんだね」

 キヨさんは息を吐くように、ごくごく自然な様子でそんな言葉を吐き出しながら「よっこらしょ」と声を出して階段の端に腰を下ろした。

「占いで調べるなんて、当たるも八卦、当たらぬも八卦と思ってはいたけれど、こんなに的確な答えをもらえるとは思ってなかったわ」
「じゃあ……?」

 それってやっぱり、キヨさんは左右が言っていたように、はなから万年筆のありかを知って……?
 そんな言葉が口をついて出そうになったが、その言葉が僕の口から解き放たれる前に、キヨさんはゆっくりと一度だけ首を縦に振った。

「知ってたさ。息子の万年筆がどこにあるのかはね」
「それならなんで、依頼なんて出したんです?」

 疑問はそこだ。僕はキヨさんの隣に腰を下ろし、続きの回答を待った。
 目の前に広がる田んぼを見つめながら、キヨさんは物思いにでも耽るような目をして、静かに言葉を紡いだ。

「神様なんて本当はいないんじゃないか……なんて思ってね」

 ぽつり、と静かに僕の頬を何かが駆け落ちていく。さっきまで晴れていたはずが、僕らの頭上には灰色の分厚い雲が覆っていた。視界に入る田んぼの向こう側ではまだ青い空が見えているのに。
 僕は後ろポケットに入れていたばーちゃんから借りた折り畳み傘を取り出し、そっとキヨさんの頭上にかかるようにかけた。
 キヨさんはありがとうと言いたげに僕に微笑みかけながら、再び口を開いた。

「おじいさんが亡くなって、息子までいなくなってね。あの家は私一人には大きすぎるんだよ」

 パラパラパラ……一定のリズムで僕の傘を叩く。雨は縦にたなびくように僕の視界を埋め尽くしていく。

「何度かこの神社にも足を運んで、息子の健康祈願してたのに、神様は息子を連れてってしもうた。おじいさんはとっくに亡くなってしまったけれど、子供に先立たれることほど辛いことはないよ」
「だから、依頼をして試したんですね?」

 ——神様が本当にいるのかどうかを。キヨさんは神様を試したんだ。

「ははっ、そうそう。毎年この神社で引くおみくじはよく当たるって息子が言ってたんだよ。私はあんまりそういうの気にしないからあれだけど、やっぱり本当なんだね」

 ああ、なんだ。そういうことなのか。
 僕の中で色々と物事が繋がっていく。さっきまでは点と点だったものが、繋がって、線になる。
 僕の中で覚えている記憶や、僕自身でも気づかないうちに疑問に思っていたことが、線になって、胃の中にすっと落ちて行った。それはまるでこの雨のように。
 雨はただの水の粒。それなのに落ちる速度に僕に目が追いつかないから、落ちているその様子はこうして線に見える。僕の疑問もこうして胃の中に落ちているのだろう。