「あと、今日は父が留守をしているため私は行けないのですが、こちらのお饅頭をキヨさんに渡してくださいませんか?」
「これは、かりんとう饅頭ですね」

 未開封な包み紙。表にかりんとう饅頭と書かれてある。今までかりんとうなんてものはおじいちゃんやおばあちゃんになってから食べるものだと、たかをくくっていた僕の思考を覆す事件を起こした、あの饅頭ではないか。

「はい。先日のは頂き物だったのですが、私もこのお饅頭が大好きなので買ってきていたんです。昨日キヨさんにおせんべいをいただいたので、こちらをお礼としてお裾分けして来てもらってもいいでしょうか?」

 な、なんと気の利く女神であろうか。僕は感動して思わず目頭を押さえた。
 ……い、いやいや、待て待て。そうなると僕は手ぶらじゃないか。むしろ僕の方が大人なのに手ぶらで出向くとはどういう了見か。行く予定ではなかったとはいえ、昨日僕もお菓子をご馳走になったというのに。
 これどうにかして僕とみーこさんからという風には出来ないものか……。

「このお饅頭おいくらですか? 僕が支払います。昨日は僕もお菓子をご馳走になっていますので」

 ポケットの中から財布を取り出す。僕は長財布が好きではない。いつも二つ折り財布を使用しているが、あまりお金を入れておくと分厚くなりすぎてポケットに入れた時に違和感を感じてしまう。だから今日もあまり手持ちはないのだが、饅頭代を支払うくらいは持っているはずだ。

「いえ、気にしないでください。私がキヨさんにもこのお饅頭食べてもらいたいって思っただけなので」

 みーこさんは慌てて両手をブンブンと左右に振っている。気を遣わせてしまったのは間違い無いだろう。分かってはいたが、直接的に言う以外に良い方法が見つからなかったのだ。

「それにキヨさんはうちの神社を昔から利用してくださっている馴染みの参拝客なのです。ですから普段からの馴染みというものもあるので、本当に気にしないで下さい」

 そうは言われてもこちらとしても大学生が菓子折を用意しているというのに、大の大人が菓子折一つ用意していないという現実もどうかと思うのだ。それに一度言ってしまったことにより引くにも引けない。

「あっ、私台所でお湯を沸かしていたんでした。火を止めたかどうか不安なのでちょっとここで失礼いたします!」
「あっ、ちょっ……」
「それではまた! もしお時間ありましたら、また帰りに寄って下さい」

 みーこさんは僕を振り切るようにして、駆けて行ってしまった。僕の手に一枚の紙切れと、かりんとう饅頭を持たせて。