今時の大学生は積極的……というか、簡単にボディタッチをしてきてくれる……。さすがに年の差があると分かっていても、僕の心臓は思わず飛び跳ねてしまうのは男の(さが)というものだろうか。
 そう思っていた矢先、みーこさんは照れたように僕の腕を離した。

「あっ、すみません。つい……」
「いえいえ、気にしないでください」

 みーこさんはぺこりと頭を下げて再び左右の隣を歩き出す。そんなみーこさんの隣を歩く左右は、一度だけ僕の方を振り返って、口をパクパクと動かし……。

 ——ヘ・ン・タ・イ。

 僕にだけわかるように、口パクでそう言った。
 こいつ……。やっぱりこの小僧だけは……。
 そう思うと、こうして再びやってきてしまったことを後悔しそうになるが、それでもやっぱり、僕はあのキヨさんというおばあさんが気になって仕方がなかった。

「佐藤さんが今日も来てくださったのは嬉しいです。お気持ち、変わりましたか?」

 今日も絶好調に麗しい笑顔を向けてくださるみーこさん。それだけで僕の心の中のマグマがどんどん鎮火されて行くように思える。

「なんていうかあのキヨさんというおばあさんは、僕の祖母と同じような年代で、僕の祖母も祖父をすでに亡くしているので重なって見えたのです。僕の両親は健在なんですが、やはり一人で暮らしているご年配の方は心配なんですよね」

 僕が元彼女と別れた後、心の中がぽっかりと穴が空いたように、どこか虚しい気持ちが押し寄せてきて、一人になるのが怖かった。だからこそこうして田舎に逃げてきたのだけど……。
 僕達は一緒に住んでいたわけではないが、元彼女が僕の家に通って、泊まって、一緒に過ごした時間が長い分、一緒にいたあの部屋にいるのが苦痛だった。暖かい記憶、楽しい記憶。ほんの数回だけ、とても小さなケンカだが、僕達は言い合いをしたこともある。でもそれらは全て過去を振り返るといい思い出だと言い切れる。
 ……家を出ている時はそう思えるのに、ひとたびあの部屋に戻れば、全ての思い出が悲しいものに塗り変わるのだ。
 だからこそ僕はここへと逃げて来た。ばーちゃんを心配しつつ、自分を守るために。

「まぁこれも何かの縁ですしね」

 僕があははと笑うと、みーこさんはキラキラと水面に光る眩い輝きを背負った笑顔で僕に笑いかけてくれている。

「そうですね。何がともあれ、私は佐藤さんが手伝ってくださるのは大歓迎です」

 手放しでそんなに喜んでもらえると、悪い気がしないな。僕はまんざらでもない様子で頭を掻いた。そんな僕をちらりと盗む見している左右に向かって、僕は牽制をかける。

「言っとくがお前のためじゃないからな」
「俺は別に頼んでない」

 可愛くないヤツめ。ついてこいって言うようなセリフを吐いていたくせに。

「ついて来いとも言ってない。ついて来たいなら勝手にしろと言ったのだ」

 僕の心の声を読んだ左右は、振り返らずにそう言った。
 ああ言えばこう言う、ひねくれ者だな。

「ついて来いって言ってるようなものだろう」
「お前がついて来たそうな顔をしていたからそう言ったまでだ」

 こんの……。僕が再び言い返そうとしたところ、みーこさんは僕と左右の間に割って入った。

「まぁまぁ、とにかくキヨさんのお宅へ向かいましょう、ね?」

 みーこさんの笑顔に誤魔化されるように、僕は笑顔を返した。