この休暇を取る前は、前の彼女と半同棲の生活を送っていた。彼女は大手化粧品メーカーの受付嬢。僕が言うのもなんだが、彼女はかなりの美人だ。彼女があの会社に受かったと聞き、部署が受付だと言われた時は、まさしく彼女が働くであろう会社は、顔で採用したんじゃないかと疑った。なにせ彼女の希望部署は表に出ない総務部だったのだから。
 受付嬢の彼女は、ほぼ定時で仕事が終わり、いつも僕のために夕食を用意してくれたり、休日は僕が休みを返上して仕事をするといえば、家の片付けやそうじまでしてくれていた。

 彼女はとても献身的な女性だった。
 なんだかばーちゃんの様子を見ていて、前の彼女のことを思い出してしまった。僕は彼女と別れた傷心を癒しにここに来たというのに……。

「それで、どこの神社に行って来たんだい? この辺だったら、豊臣神社かねぇ?」
「そうそう、そこだよ。なんでも神使の狛ねずみがいるんだとか」

 とびきり口の悪い、邪悪な存在である狛ねずみが……。そう言葉を付け加えようとしたが、なんとなく毒を吐くのはやめておいた。せっかくの美味しいご飯が不味くなる気がしたからだ。

「えーえー、あの神社は人助けしてくださるところじゃなかったかねぇ? そういえばじーさんが昔はあそこの神社にお百度参りしたって言ってたわ」

 かっかっかっ、とばーちゃんは口の中を大きく見せて笑った。それに合わせて口の中から米粒が僕のお皿の上に飛んで来た。じーちゃんもそうだったけど、どうやらばーちゃんも口を閉じて笑うという習慣がないらしい。ばーちゃん達世代の文化なのかもしれないと思いながら、僕は箸を止めずに話に聞き入ることにした。

「じーさんはどうしてもばーちゃんと結婚がしたかったからね、神様に頼みに行ったって言ってたんだよ」

 僕の記憶の中にいるじーちゃんはいつもばーちゃんにあれこれ指図する亭主関白なイメージだった。夜になるとじーちゃんがテーブルの真ん中にドンとあぐらをかいて座り、ばーちゃんはその隣で甲斐甲斐しくも食事をよそってる印象だ。
 そんなじーちゃんが結婚前はばーちゃんと結婚したくてあの神社に足繁く通っていたなんて驚きだ。