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 家に着く頃には焼けた空がグラデーションを作り、もう夜がそこまでやって来ていた。

「ただいま、ばーちゃん。遅くなってごめん」

 昔ながらの木造の家。玄関口は木とガラスでできた引き戸だ。扉を開ける時レールをスライドするガラガラという音に乗せてそう言うと、家の奥からばーちゃんの声が聞こえる。

「こんな時間まで、心配しとったんよ。迷子になってるんじゃないかってねぇ」

 靴を脱いで玄関から続く廊下を歩くと、曲がった腰を「よっこいしょ」と言いながら立ち上がるばーちゃんの姿を見つけて、僕は買い物袋ごと調味料を差し出した。

「迷子なんかじゃないよ。ちょっと散歩がてらに神社に寄ってきたら頼みごとをされちゃったんだよ」

 実際は迷子になっていたのだが、それはあえて伏せておいた。むしろ神社からの帰りも迷ってしまっていたのだが。
 僕はばーちゃんの前では出来の良い孫という設定なのだ。その設定は僕が決めたものだけど、それを守り続けて27年、ばーちゃんは間違いなく僕をそんな風に思ってくれているはずだ。
 だからこそ迷子などと子供じみたことになっていたとはあえて言うつもりはない。

「あれま、神社に頼みごとしに行ったわけじゃなくされたのかい? なんだか変な話だねぇ」
「本当に変な話だったんだよ、色んな意味で」

 僕は含みをもたせてそう言うと、ばーちゃんは「へー、そうかい」なんて生返事を返された。
 僕の話術が足りなかったようだと気を引き締めて、ばーちゃんが興味を惹くように魅力的に話そうと思って再度口を開いたが、僕が話をするより先にばーちゃんがこう言った。

「ばーちゃんちょうどご飯の準備できたとこだったんだよ。だから先にご飯にしないかい? せっかくの温かいものは温かいうちに食べるんが美味しいしねぇ」
「そうだね。じゃあ手を洗ったらすぐに戻るよ」

 ばーちゃんの意見に異論はなかった。せっかく作ってくれたばーちゃんの美味しい料理をみすみす味が落ちるのを待つ馬鹿者は毒でも食らうべきだと思ったからだ。
 お風呂でスッキリしたいところだが、まずは食事が先だ。そう思って洗面台で手を洗った後、僕は再び居間へと戻った。

 するとばーちゃんは既に僕の分までご飯を装い、お椀に味噌汁を注ぎ入れ、焼きたての秋刀魚と、冷蔵庫からたくあんやら野菜の煮浸しなど普段から常備している副菜を持ってきてくれた。
 そして最後に冷たい麦茶をコップに注いでくれた後、やっとばーちゃんはテーブルの向かいに腰を下ろした。

 なんとも至れり尽くせりとはこのことだ。何もしなくても温かな料理は用意され、飲み物まで向こうからやって来るように準備してくれる。一度一人暮らしを経験している身からすれば、こんなにありがたいことはない。