「せっかくなので今回のことは気にせず、ぜひまた遊びにいらしてください」

 みーこさんの父親はほのぼのと笑いながらそう言ってくれて、僕は生返事をした後、社務所を後にした。

「さて、そろそろ帰らないとばーちゃんが心配してるかもなぁ」

 そんな風に一人ごちた後、僕は手に持つ醤油とみりんを空へと持ち上げながら、大きく伸びをした。新鮮な空気を取り込んで、夕日が沈もうとしている焼けた空を見上げた。
 なんだか、不思議な一日だったな。
 鳥居の入り口まで来ると、僕は再びあの狛ねずみの石像と向き合った。
 狛ねずみ……左右がこの狛ねずみの神使なのか。みーこさんはわかるが、みーこさんの父親にすら見えない左右の姿が、なぜこの僕に見えるのだろうか。この神社に縁もゆかりもないこの僕に……。

「ねずみが抱えている玉と巻物はどういう意味なんだろうな」

 石像を見ながら再び僕がそうごちると——。

「長寿の意味を持つ水玉(すいぎょく)、巻物は学問を意味している」

 声は僕の頭上から落ちて来るように聞こえた。その声の先を見上げると、鳥居の上に座っている左右の姿があった。

「キヨの依頼を運んでくれて、ありがとうな」

 ……聞き間違いだろうか。この生意気な小僧からまさかのお礼の言葉が聞こえた気がするのだが。
 僕がそう思ったと同時に、左右はムッとした顔を僕に向けた。思わず条件反射で僕は屈みこんで脛を守る体制を取った。
 けれど左右は鳥居に座ったままで降りてくる様子はなく、やがて僕から視線をそらして遠くを見つめていた——。