社務所の中は味気ないものだった。玄関口で靴を脱ぎ、敷居の石の階段を踏んで上ると、短い廊下はすぐに終わり、奥は6畳の小さな部屋だった。奥のガラスの引き戸の先にキッチンがあるのか、その中へとみーこさんは消えていき、残った父親が僕のために座布団を置いてくれた。

「狭いですが、どうぞ座ってください」
「あ、ありがとうございます」

 本当に狭いんですね。なんて思わず言いそうになった素直な僕は、奥から戻ってきたみーこさんの姿を見て、その言葉を引っ込めた。

「このかりんとう饅頭すごく美味しいんですよ」

 麗しいみーこさんは嬉しそうにお盆に乗せた急須と湯飲み、そして白い箱の蓋を開けて中身を僕に見せてくれた。

「かりんとう饅頭ですか?」
「外はカリッとしているお饅頭なんですが、すごく美味しいので是非どうぞ。あっ、お茶も入れますね」

 なんと気が効く若者なのだろうかと僕は感心しながら、視線はみーこさんの言うかりんとう饅頭へと向けた。

「お前、煩悩の塊だな」

 そんな声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。この部屋の中には、麗しのみーこさんとその父親の姿しか、僕には見えないのだから。

「此の期に及んで、まだそんな事言ってるのか」

 此の期に及ぼうが及ばなかろうが、僕はなにも見えない。空耳が少し聞こえる気がするが、きっと蝉の鳴き声か何かの聞き間違いだろう。
 気を取り直して、僕はかりんとう饅頭を一つ手に取った。みーこさんは「どうぞ」と言いながら湯飲みに緑茶を注ぎ入れてくれている。僕は軽く会釈をした後、かりんとう饅頭に視線を落とす。正直一口で食べきれるサイズだが、ここは上品さをアピールして二口に分けて食べることにした。すると——。

「う、うまい……!」
「でしょう!?」

 みーこさんは興奮して前のめりだ。けれど僕もこの饅頭の美味しさに前のめりだ。外はカリカリ、中は饅頭の柔らかさがなんとも言えない。
 正直僕はかりんとうなんてご年配の方が食べるようなものは好みではない。亡くなったじーちゃんが好きだったけれど、幼少時代の僕はいつもポテトチップスやらチョコレートを選んで食べていた。
 僕の嗜好が年寄り臭くなったとは断じて思わない。そんなことを言う奴がいたら、僕は拳を振り上げてしまうかも知れない。

「お前の嗜好はジジイだな」

 僕は思わず拳を突き上げそうになった。けれど目の前でみーこさんの父親が首を傾げ、みーこさんも「左右はさっきから何言ってるの?」って麗しくも疑問な様子を見せている。
 それを見て僕は肩を大きく回した。

「今日は祖母の手伝いをしていたので、とても肩が凝ってしまいました」
「そうでしたか」

 僕の言葉を真に受けて、お二人は再び朗らかな様子でお茶を飲んでいる。