おっとしまった。そう思った時にはもう遅い。僕は口を押さえたものの、そこから飛び出してしまった言葉を戻すことなどできはしない。

「コホン、それでは僕はそろそろこの辺で……ちょうど祖母に頼まれて買い物の途中だったものですから」

 帰れ帰れとでも言いたげに、左右の足は地面を蹴り、砂を僕に向けて巻き上げている。
 どこまでも躾のなっていないクソガキだ。だけどまぁいい。僕はもうここには用がない。本殿にも手を合わせたし、見知らぬおばあさんに頼まれた願い事の紙も渡したのだ。

「あっ、そうだった。これも……」

 僕はズボンの後ろポケットから50円玉を取り出し、みーこさんの父親に渡した。

「その願い事を僕に託したおばあさんからのお賽銭です」
「ああ、そうでしたか。ありがとうございます」

 優しそうに微笑むその姿は、やはり麗しいみーこさんのお父上と言ったところだろうか。その顔に刻まれたしわの様子が、とても穏やかなものだ。僕の元上司であるストレスまみれた男どもとは逸脱したものだと僕は感じた。

「せっかくですから、社務所でお茶でも召し上がって行かれませんか? この間いただいたばかりの茶菓子もあるんで、よろしければどうでしょう?」
「ですが〜……」

 僕は再び左右に目を向けると、クソガキはみーこさんの腕にぶら下がるような形で、今度は両足をバタつかせて砂を巻き上げている。
 嫌がらせに残ってやろうかという気持ちが湧いてこなくもないが、こんな奇妙なやつに関わってもろくなことにならない。というかならなかった。
 だから僕はきっぱりと断ろうと再び口を開いた、ちょうどその時だった。

「私もこれから少し休憩にしようと思っていたところなんです。ですから一緒にお茶をしませんか? 美味しいお茶を入れますから!」

 みーこさんの麗しい言葉を聞いて即刻、僕は自分の意見を180度変えた。

「わかりました。そこまで皆さんがおっしゃってくださるのであれば、少しお邪魔致します」

 キラキラと弾けんばかりの笑顔。お天道様よりも煌めいたその暖かな笑顔でそんなことを言われてしまっては、引き下がるわけにはいくまいて。

「いや帰れよ」

 そんな雑音が聞こえたけれど、僕にはそんな雑音は届かない。

「ええ、是非! 私以外に左右のことが見える人に会うのは初めてなので、とても嬉しいんです。是非色々お話ししましょう」

 僕はこの笑顔を見るためにここに留まったのだと確信を得た。左右が神使だというのであれば、彼女こそが神ではないのだろうか。そんな風に思いながら、左右のことは無視して、みーこさんの父親に案内されるがままに社務所の中へと入って言った。