「この男、相当頭が硬そうだと思ってな」
「頭が硬い?」

 なんてことを麗しの女性に向かっていうのだ。失礼ではないか。僕のイメージをことごとく悪くさせるのは許せない。
 何もやましい意味で言っているのではない。麗しのみーこさんは会ったばかりの巫女さんだ。別にイメージが悪かろうがどうでもいいことなのかもしれないが、やはり好印象を抱いてもらいたいと思うのが、男のサガというものではないだろうか。

「こいつどうやらみーこによく思われた……」
「だー!」

 黙れ小僧! この小童(こわっぱ)め! 僕は慌てて左右の口を塞ぎにかかった。けれど左右は鳥の羽のようにふわりと僕の腕からすり抜けて再び僕の泣き所であるスネを蹴り上げた。

「……っ!!」

 声にもならないほど痛い。同じところを三度も蹴られれば、さすがに被害は甚大だ。瞼をぎゅっと閉じたその裏側に、僕は広大な宇宙を見た気がした。それくらい意識が飛びそうに痛い。

「こら、左右!」

 怒りに満ちた麗しい声が、僕の荒れ狂っている心を癒してくれる。いや、正直それでも僕のいつもの穏やかな心は戻ってこないのだが。普段は温厚だと定評があるこの僕でも、気持ちのコントロールが難しい。それほどこの左右という少年は悪魔的だ。これでこの神社の神使だというのだから世も末だろう。

「お前、もう一度蹴られたいのか?」

 そんな言葉に、僕はとっさに足をかばった。けれどみーこさんが左右を捕まえてくれている。左右の背中から抱きつくように、抱えているその様子に、僕は別の怒りを覚えそうになった。
 お前、みーこさんに抱きつかれてなんて役得な……!

「突然煩悩丸出しだな、お前」
「何の話?」

 麗しのみーこさんはつるつるとした若々しい肌の上、眉と眉の間にしわを寄せながら、左右の顔を覗き込んでいる。

「何でもないです! とにかくその小僧……じゃない左右の言葉に耳を傾けないでください。どうやら彼は僕のことを嫌っているらしいので」

 これ以上僕の心証を悪くさせるのは許さないからな!

「事実だろ」
「事実だろうが何だろうが、僕の心の声を読むのはプライバシーを大きく侵害しているぞこのやろう!」

 思わず叫んでしまった後、左右は相変わらず目を細めて冷たい視線を送りつけ、麗しいみーこさんとその父親は驚いた顔を僕に向けている。
 そこで初めて気がついたが、今度こそ僕は、間違いなく言葉は声になって表に出てしまっていた。