「あの、本当に見えてないんですか?」

 僕は疑惑の念を胸にそう問いただすが、みーこさんの父親は恥ずかしそうでいて、切なそうな表情で頭を掻いた。

「はい、神社の宮司をしているのになんともお恥ずかしい話ですが……」

 恥ずかしいことなのか? 確かに娘であるみーこさんは見えているのであれば、父親が神や神の使いである神使が見えないのは世間体としてあまりよくないのかも知れないが。
 そもそもそうなると、僕が知らなかっただけで神職者は神が見えて当然なのだろうか……?

「満己の母親は姿は見えなくても声だけは聞こえていたのですが、私は一切何も見えなければ聞こえもしないのです。ですから満己が見えると知った時はそれはそれは驚きました」
「そうなんですか……」

 他に良い返しの言葉を模索してみたが、結局のところ「そうなんですか」としか返しようがない。
 そもそもなぜ僕に神使の姿が見えているのかも謎なのだ。言葉に詰まって当然だ。

「僕はてっきりこの子はこの神社の跡取りか何かだと思っていました。小学生くらいの背格好に、袴を着ているのですから」

 僕は懲りずに食い下がる。リアリストな僕はやはりこの突拍子もない出来事をなかなか受け入れることができないようだ。
 かと言って、左右の言葉やこの麗しいみーこさんの父親の様子を冷静に見ていると、正直このふざけた出来事を受け入れざるおえない気持ちにもなっていた。
 僕はさっきから怒りのボルテージが上がりまくっているせいで、冷静な判断が難しくなっていたが、それを差し引いても左右の言動や行動はどう考えても僕の言葉を読んでいるとしか思えないからだ。

 僕がうっかり声に出して言っていなければ、の話だが。だがこれだけ何度も本人の意識もなく独り言を漏らしまくっているとしたら、僕は相当頭がおかしいことになる。それはこの左右の事実を受け入れることよりももっと重大でもっと受け入れ難い事実となる。

「ぷっ」

 僕の隙をついて僕に掴まれていた足をするりと抜け出した左右は、何やらまた僕の思考を読んだかのように胸糞悪い笑みを僕に向けている。

「左右、何がおかしいの?」

 麗しいみーこさんは小首を傾げながら左右を見ているが、みーこさんの父親はまだ、僕のすぐそばに視線を向けている。すぐそばに向けているものの、僕に向いている視線ではない。

 さっきはなんだかんだと言ってみーこさんの父親が左右の姿を認識していると思っていた。その理由が父親の視線だ。明らかに僕が掴んだ左右の足元に目線を送っていたからだ。
 けれどそれも見えていたわけではなく、単に屈みながら僕が左右の蹴りを受け止める様子を”左右が見えない”状態でそれを見ていたとしたら、そりゃあ変な動きをしているやつだと思うだろう。視線も自ずとそこへ向けるに決まっている。そこに何かあるのだと思わせるには、十分な出来事だったのだろうと僕は推測をはじめていた。