「たかが知れていて悪かったな」
「こっのっ!」

 さっきから甘い顔をしていればいつまでも……! もう頭に来た! 許さん! そう思いながら涙を必死になって堪えながら、この子憎たらしい少年を睨みつけようと顔を上げたその時だった。

「お父さん、この方も左右が見えるの!」

 嬉しそうに弾んだ声が、僕の耳に淀みなく届いた。と同時に、麗しいみーこさんの顔が、弾けんばかりに華やいで父親の服の袖を掴んでいる。

「なんと、それは本当ですか!?」

 どこかぼんやりとしていそうなみーこさんの父親の表情が、まるで今目を覚ましたかのようにツヤを出し、輝き始めた。

「え、ええ、まぁ……」

 本当にこの子が見えないのだろうか。こんなにそばにいて、こんなにはっきりとした口調で、声で、話をしていると言うのに。
 足だってちゃんと二本生えているし、体も透けたりなどしていない。至って普通の子供だ。小学生だ。クソ生意気なガキである。

「クソ生意気は余計だ」

 そう言って左右は再び僕の脛めがけて足を蹴り上げた。が、そう何度も蹴られてたまるものか。僕は単細胞ではない。ちゃんと復習ができ、危険を予知することもできる、危機管理能力に長けた大人だ。
 だから僕は左右が僕の脛を蹴る前に、脛を腕でガードした。しゃがみ込んだままだったのが功を奏した。
 その上、僕の腕に当たった左右の足を、今度は僕がしっかり捕まえたのだ。

「そんな何度も蹴られてたまるか!」
「すごい!」

 僕が左右の足を掴んだままでいると、その様子を見ていたみーこさんの父親は目を輝かせながら僕を見下ろしていた。

「本当に神使の姿が見えているのですね」

 そんな場違いとも取れる言葉を受けて、僕は思わず眉根を寄せてしまった。なにせどう考えてもこの人にも左右の姿が見えていると思ったからだ。
 今この少年は僕たちの目の前で片足を上げて立っている。片足を上げている理由は僕が掴んでいるからだけど、とにかく僕とみーこさんの父親との間に左右はいる。

「今、この方は左右様の腕か何かを掴んでいるのかい?」

 みーこさんに向かって握りこぶしを作りながら、僕が握る左右の足を指差してそう聞いている。
 いや、見えてるでしょ? 本当は見えているのでしょう? そう言おうとしたら、みーこさんも興奮した様子で、こう答えた。

「ううん、今この方は左右の足を掴んでるの。なぜかは知らないけど、左右がこの方の足を二度も蹴ろうとしてたから」
「おおー! そうだったのかー」

 ……いや、そうだったのかー。という状況ではないと思うんだけど。なんて僕は冷静に心の中でそう突っ込んだ。口に出さなかったのは呆気にとられて言葉が出なかったせいだ。