「……!」

 子供だと思い、甘く身過ぎていたようだ。大人ではない分容赦もない。
 僕の手はいつもハンドクリームで潤っている。こまめに手入れをしているわけではないが、元彼女はいつも僕の手を褒めていてくれた。
 「いつも艶やかね」とか、「しっとりしていてキメも細かい」とか。そんな自慢の僕の指を思いっきり噛み締めている。痛みで声すらあげられないほどに。

「あっ、こら!」

 慌てた様子で麗しの巫女は少年を追い払った。けれどその時にはもう遅い。僕の指にはくっきりと歯型が残されていた。

「子供のすることだからと思って大目に見てたけど……もう許さん!」

 もう大人の振る舞いだとか、麗しの巫女の前だとかそんなものはもう、今となってはどうでもいい。猫をかぶりまくっていた仮面をガバッと外し、僕は少年に向かって駆け出した。

「のろまめ。そんな足で捕まえられるとでも思ったのか」

 そう言ってさっきまで僕のそばにいたはずのその少年が、今ではもう社務所の屋根の上で足をぶらぶらとさせながら座り、僕を見下ろしていた。
 ——はぁ?
 さすがにこの状況は意味がわからず、僕は口をあんぐりと開けた状態で少年を見上げる形となった。
 だってさっきまで僕のそばにいたのだ。それをたった数秒であの上にまで登れるものなのか。少年が座る社務所の屋根は二階の高さだ。すぐそばに松の木があるとはいえ、それに足を掛けて登ったとしてもそんな短時間では不可能だ。
 大人の僕が目算でそう思うのだから、子供のあの少年ができるはずがない。完全にインポッシブルだ。

「おい、お前……どうやってそこに登ったんだ?」

 僕が疑心暗鬼な気持ちでそう聞くと、小憎たらしい少年はツンと澄ました顔で言葉を戻した。

「年上にお前と呼ぶのは失礼なんじゃなかったのか?」

 いや、お前が言うなよ。
 そう思ったけれど、その少年はひらりと屋根の上からジャンプして、再びこの地に降りてきた。なんとも華麗なその飛び降り方に、僕は思わず魅入ってしまった。