「みーこ、本気にするな。これはこいつの社交辞令だぞ」

 社交辞令などもちろん分かってる。それでもきっと佐藤さんなら助けてくれるはずだ。

「……ですが、お仕事はどうされるおつもりですか?」

 あやかし新聞社を支えてくれる戦力はあるに越したことはなく、助けてくれるのも嬉しい。けれど私たちは佐藤さんに報酬を払えるほどこの神社は裕福ではない。佐藤さんをこの神社に雇うほどのお金はないのだ。
 もしくはこの村で仕事を探すつもりなのだろうか……?

「いえ、僕はフリーランスで仕事をするつもりです。元々僕はIT企業に勤めていましたので、パソコンには強いのです。今のご時世、リモートワークなどと言われるくらいなので、仕事は別に東京でなくたってできるんですよ」
「そうだったんですね!」

 私は再び佐藤さんの手を握りしめ、小さくジャンプした。
 佐藤さんがもしこの神社に就職したいと言って来たらどうしようかと思ってしまった。お父さんに相談はできるけれど、満足なお給料は払えないだろうし、そもそも我が家が火を吹いてしまうかもしれない。

「やっぱりこの時代、パソコンが扱えるというのは強いですね。私もプログラミングなどができればいいのですが」
「それでしたら僕が手空きの時にでも教えますよ」
「本当ですか!」

 それは助かる。豊臣神社のホームページを作りたいと思っていたところなのだ。今はこの村もさびれているが、私はいつかもっと人が集まって活気を取り戻して欲しいと思っている。
 佐藤さんのように、もっと多くの人が東京にいなくても仕事ができるとなればいいのに……。
 私は再び佐藤さんの手を握った。すると——。

「みーこ、むやみやたらと異性の体に触れるものではないぞ。こいつ鼻の下が伸びている」
「……! 失礼なことを! 僕がいつ鼻の下を伸ばしたんだ!」

 えっ? 私は思わず握りしめていた手を離した。佐藤さんも驚いた顔をしている。それもそのはず。

「佐藤さん、左右の声が聞こえてるんですか?」

 ううん、声だけじゃない。佐藤さんの視線は明らかに左右に向けられている。

「……あれ? ですね……?」
「わー! おめでとうございます!」

 何がおめでとうなのか。左右はそんな鋭いツッコミを入れているが、私からすれば嬉しい限りだ。だってまた左右が見える仲間が現れたのだから。これはきっと神様の思し召しだ。あやかし新聞を三人で頑張れっていう、神様の粋な計らいに違いない。
 思わず抱きついてしまったけれど、佐藤さんは困ったように固まっている。相変わらず佐藤さんはウブというか、やらしさを感じない。

「いや、こいつはやらしさの塊だぞ」
「……! こら左右、それは僕に対して言っただな!」
「当たり前だ。お前以外に変態がどこにいる」
「このやろう!」

 二人はトムとジェリーのように仲良く喧嘩してる。本当に二人は仲が良い。特に左右は普段他の人と話せないせいか、こんなに生き生きとしている左右を見るのは私の人生で佐藤さんだけだ。だから本当に佐藤さんが帰って来てくれて良かった。
 私は追いかけっこをしている二人の後を追って、社務所に向かうと——。

「あっ、みーこさん。どうやら依頼の手紙が松の木の麓に結ばれています」

 佐藤さんが大手を振りながら私に向かってそう叫んでいる。空いた方の手は松の木を指差して。

「えっ、ほんとうですか?! すぐに確認しましょう! 佐藤さんが帰ってたばかりで早速ですが、あやかし新聞社の出番です!」

 私は松の木を目指し、駆け出した——。


【完】