——パンパン。柏手を叩いた後一礼し、佐藤さんは顔を上げた。
 一ヶ月前よりも髪が短くなっている。東京に帰って髪を切ったのだな。なんて分析を始める。
 佐藤さんはとても良い人だ。というか真面目だ。真面目で爽やかなお兄さんだ。以前は左右も見えていたのに、今は全く見えないし、声も聞こえないらしいけど、今もなのだろうか。

「佐藤さん、今日も左右は見えないのですか?」

 私のこの問いに、佐藤さんは残念そうに眉尻を下げながら笑った。私はこの佐藤さんの笑い方が好きだ。

「残念ながら……今も近くにいますか?」
「はい、ちなみに私の隣に立っていますよ」

 左右もなんだかんだと佐藤さんに会えるのが嬉しいのか、佐藤さんについて本殿まで顔を出している。

「誰が喜ぶか。俺は神使だ。神使が神様の御前に足を運んで何が悪い」
「それはそうだけど……」

 私はちらりと佐藤さんに視線を向ける。しかしやっぱり佐藤さんは左右の姿が見えていないようで、左右に視線が一度も向かない。
 せっかく仲間ができたと思って喜んでいたのに、残念だ。

「左右が何か言ったんですか?」
「いえ、大したことではありませんので。それより今日はどうされたのですか? また休暇が取れたのでしょうか?」

 前回は有給休暇を使って来たって言ってたっけ? ならば今回も? けどそんなにたくさん休暇って取れるものなのかな?

「実は僕、前回よりももっと長い休暇中なんです」
「もっと長い? それってお仕事大丈夫なんでしょうか?」

 他人事ながら心配になってしまう。佐藤さんはきっと仕事ができる人なのだと思う。それは言葉尻だったり、ちょっとした言葉の言い回しだったり、立ち居振る舞いだったり。私も企業というものをきちんと知っているわけではないけど、それはやっぱり感じる。

「大丈夫なんです。全て引き継ぎもして来たので」
「そうなんですか」
「……って実は、会社辞めて来たんですけどね」

 ははっと頭を掻いて笑う佐藤さんに、私は思わず口を開いて驚いてしまった。

「えっ? 退職されたんですか? それはまた、どうして?」

 瞬時に私の脳がはじき出した考えは、佐藤さんに見抜かれたようだ。

「これで晴れて新聞社のお手伝いもできますね」
「なんとも心強いですね!」

 私は思わず佐藤さんの両手を捕まえて佐藤さんの胸の前で力強く握り締めた。
 なんとも心強い戦力なのだろうか。たとえ今は左右の姿が見えていなくても、知っている仲間がいるというだけでなんだかやる気が湧いてくる。