(コーヒーのいい香り。なんだか落ち着く)
急激な空腹を感じ、美波は案内されるままに腰かける。
部屋にはテーブルと椅子が一セットしかない。たくさんの客を入れてもてなすつもりがないように美波には思えた。
たったひとつの丸テーブルに、黄色の花が描かれたカップに入ったコーヒーを運んできた。
「どうぞ」
お盆に乗せて一生懸命運んできたのは、ケモ耳の少年だった。
「でも……」
バッグも財布も持っていないことが美波を躊躇させる。
男は彼女の気持ちを和らげるように、落ち着いた声音で言った。
「これはあなたのための飲み物です。これを飲めば、真っ直ぐに家に帰られる」
美波は男を見上げた。
何の変哲もないコーヒーに、どんな魔法がかけられているというのか。
あるいは、警察に案内する前の冗談か何かか。
詳細はわからなかったが、彼女は男の厚意を受け取ることにした。
気がつけば、体が芯から冷えている。そのわりに、口の中が乾燥していた。