美波の背中を、ぞくりと冷たいものが駆け抜けていく。
霧矢の周りの空気が歪んで見えるような気さえした。
「そうか。内臓は丈夫だもの、まだ死なないな」
「病院に入れられたら手厚く面倒見てもらえますからね。事故が起きない限り、あと数十年は生きるでしょう」
かくりよの者の会話は、別世界の言葉で行われているように美波は感じた。
呆然と突っ立っていると、猫又がチッと舌打ちする。
「なんだいお前は。霧矢にお礼も言えないのかい」
「は、へ?」
完全に置いて行かれてぼんやりしていた彼女は、キョトンと猫又を見返す。
「バカか。この男に乱暴されたことをなかったことにしてくれたんじゃないか。時間を巻き戻すなんて、高位のあやかしでもそうそうできないことだぞ」
憤慨する猫又。
「あ、あ、そうか……。ごめんなさい、私混乱してて」
自分が助かってよかったと思うよりも、目の前で起きた暴力が怖すぎた。
救いようのない最低な男でも、誰かが死ぬところを見るのは嫌だった。