「驚かせてすみません。覚えていますね? 古衣堂の霧矢です」
美波は瞬きを繰り返した。幻かと思ったが、彼らはいつまでも彼女の前からいなくならない。
「あなたは生死の境をさまよい、うちの店があるかくりよに迷い込んでしまったのです」
「かくりよ?」
「霧矢、人間に親切に説明してやる義理はなかろう」
猫又と呼ばれた猫が、美波に背を向けたまま冷たく言い放つ。
「そうはいきません。彼女はあなたに体を貸してくれたのです」
霧矢は猫又を優しくたしなめ、美波に向き直る。
「かくりよとは、簡単に言えばあの世のことです。完全に死後の世界に行く前の門前町があの町なのです」
美波はやけに明るいのに誰も通らない、不気味な町のことを思い出した。
誰も通らなかったのではなく、見えない存在はそこかしこにいたのかもしれない。
「死者のほとんどはあの町を通り、死後の世界へ行きます。しかしあなたはまだ彷徨っていた。だから私の店に辿り着いた」