(なにこれ……)
彼女が驚くのも無理はない。彼女のノートには、今まさに教授がスクリーンに映し出している文字が既に書かれていたのだ。しかも、自分の文字で。
動揺を隠し、教授の方に視線を移す。
「交通心理学というのは、なにも標識の色や形に関わらず……」
淡々と話す教授の声はいつもと変わらない。いつもと違うのは美波の方だ。
(この話、ちょっと前に聞いた気がする)
教授は六十を過ぎており、学生からは「おじいちゃん」と呼ばれている。彼がぼんやりして前回の講義と同じ内容を話している可能性を、美波は考えた。
ちらっと隣に座っている沙希の表情とノートをのぞき見る。彼女は真剣に教授の話を聞き、さらさらとシャーペンを走らせている。
沙希は美波と同じく真面目な学生で、講義を休むことは滅多にない。
ということは、やはりこれは初めての授業なのだ。内容が被っているわけじゃない。美波がそう感じているだけだ。