なにをするところかはよくわからない。いや、何度か説明してくれたけれど頭に入っていないだけだ。

 しかも、市の依頼(いらい)でこの学校の理事も兼任(けんにん)している。名前を貸しているだけだと説明するお父さんに、私はただうなずくだけだった。

 そもそも出席日数ギリギリで中学を卒業した私が、この高校に来られたのはお父さんのおかげ。いや、お父さんの役職のおかげだろうから。

『そんなことない。亜弥の実力だ』なんてお父さんは言ってたけれど、それを信用するほど子供じゃないんだよね。

「ね、聞いてる?」

 耳元でわざとささやく明日香に「うん」と言葉にせずに首を縦に振った。

「新しい施設、工事がかなり遅れてるって電話で言ってた」

 机の冷たさを頬で感じながらつぶやく。
 この数年で、お父さんの会社の施設は何カ所も増えた。たまに会うと、疲労感いっぱいで『眠い』なんてボヤいている。
 特にこの夏オープンする予定の施設は、はじめての県外進出らしい。建物の完成が近づくにつれて、顔を合わせる機会はどんどん減っている。
 お父さんは、開設準備室というところで寝泊まりしているとのこと。

 それってどんなところ? 私は知らない。
 ううん、説明してくれたとは思うけれど聞いていなかっただけ。

「じゃあ、亜弥もさみしいね」

 急にしんみりした口調になる明日香。
 ゆっくり顔をあげると、青のまぶしさがまた目に痛かった。

「さみしいわけないでしょ。帰ってこないほうが夜、出かけやすいんだから」
補導(ほどう)されないように気をつけてよね」

 明日香は昔から心配性だ。

「そのへんは長年の(かん)ってやつで平気。ああいう人たちって街をする時間やルートが決まっているから。それに顔を隠して歩いてるし」

 中学生のころは夜中にコンビニに行ったり、公園でブランコに揺られたりしていた。つまり、徘徊(はいかい)ぐせは昔からあったってこと。
 徐々に範囲を広げ、高校生になった四月からは、駅裏にある繁華街に足を踏み入れるようになっていた。

 繁華街といっても、範囲は小さい。
 飲み屋が立ち並んでいる通りは三〇〇メートルもなく、そこを過ぎると急に街灯が心細くなるような田舎町だ。

 ひと区画だけのまぶしい繁華街。
 珍しい物があるわけでもないのに、暗闇のなかで光る一角はなぜか魅力的に思えた。

 いつしか、夜の繁華街へ行くことが楽しみになっていたんだ。