スマホが震える。

 先輩からだ。

『カレシさん、会えた?』

 違いますよ。

「ねえ、ミホ、写真撮ろ!」

 二人顔を寄せ合って、ハイ!

 送信すると、さっそく返事が来た。

 さっきの写真に丸が描きこまれて戻ってきた。

『イケメンさんだね(狛犬)』

 あたしたちの背景に、鼻のつぶれた狛犬が写りこんでいた。

「えー、イケメンかなあ」とミホが首をひねる。「もしかして、先輩、こういうのが好み?」

「さあ、どうだろうね。ほら、急がなきゃ。一限から実習だよ」

「あーあ、やんなっちゃうね」

 そう言いつつ、ミホが先に駆け出す。

「あ、ずるい」

 あたしもあわてて追いかけた。

 走りながらミホが叫ぶ。

「ねえ、何かいい匂いしない?」

「キンモクセイだよ」

 友達の背中に向かって叫ぶ。

 風が吹く。

 パチン……。

 指を鳴らしたのは誰?

 立ち止まって振り向いても、そこには誰もいない。

 それが誰なのかは分からない。

 だけどね。

 あたしは君を待ってるんだよ。

「ほら、かさね!」

 ミホが呼んでいる。

「遅刻するよ」

 風に乗ってキンモクセイの香りが漂ってくる。

 心の穴に甘い香りが満ちていく。

「待ってよ。今行く」

 記憶を呼び起こすような香りに向かって、あたしは駆け出した。