階段を下りて駅前広場に出る。

　駅にやってくる人たちの服装もみな冬服だ。

　……かさね……。

　呼んだ？

　キンモクセイの香りが漂う。

　空耳か。

　にし……かさ……さん。

　横断歩道の赤信号で立ち止まると、肩をつつかれた。

「西谷かさねさん？」

　え？

　あたし？

「あ、はい」

　振り向くとそこにはうちの高校の制服を着た女子生徒がいた。

　ふわっとした明るめの髪が朝日に照らされて輝いている。

「西谷さんでしょ。定期券落としたよ」

　差し出された手には、あたしの名前が記載された交通カードがのっている。

　ずいぶん細くて長い指だ。

「え、あ！」

　さっき鞄に入れたはずだけど。

　そうだ、ミホから来たメッセージを見ようとしたから、入れたつもりでちゃんと入ってなかったのかも。

「ありがとうございます」

「ちょうど改札を出たところでね、落とすのが見えたから」

「そうだったんですか。拾ってもらえて助かりました」

　あたしは頭を下げた。

「あの、あたし、調理科一年の西谷かさねです」

「二年の鷹宮愛海ね。普通科だよ」

　鷹宮先輩か。

　スカートの短さとか、上着の袖からチラ見えするカーディガンとか、あたしと同じ制服とは思えない素敵な着こなしだ。

　気のせいか、まわりにいる男子高校生の視線がこちらに集中しているみたいだ。

　信号が青になって、先輩と並んで歩き出す。

「調理科って、楽しい？」

「うーん、課題がきつくて大変ですね」

　あたしたちはそのまま竹藪に囲まれた坂道を歩いた。

　先輩が質問してあたしが答える感じだったけど、気をつかってくれたのか、初対面なのに話が弾んだ。

　お互いの連絡先も交換してしまった。

　坂の上の勾玉神社まで来た。

　石造りの鳥居の左右に鼻のつぶれた狛犬が控えている。

「あの、先輩、あたし、ちょっとここで待ち合わせしてるんですよ」

「あ、そうなの。じゃあ、私は先に行くね」

「すみません」

　歩きかけた先輩がいったん立ち止まって振り向く。

「カレシさん？」

「違いますよ。調理科の子です」

　いたずらっ子みたいな微笑みを残して先輩が行ってしまったところで、後ろから声をかけられた。

「お待たせ、かさね」

　ミホだ。

「あ、おはよう」

「ごめんね。寝坊しちゃって」と、ぺろりと舌を出しながらミホが前を指さす。「今の鷹宮先輩？」

「知ってるの？」

「有名じゃん。コクられまくりで大変らしいよ。全員返り討ちにあって、死屍累々だって」

　ここは戦場ですか。

「だからうちの高校、イケメン絶滅区域なんて言われてるのかな」

「かもね」とミホも笑う。