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電車が笹倉駅に到着した。
同じ制服を着た集団が一斉に吐きだされてホームをダラダラと流れていく。
康輔も大きな口を開けてまたあくびをしている。
「ほら、早く行ってよ」
跨線橋の階段を上がる康輔の広い背中を押してやる。
「お、楽ちん楽ちん」
背中から伝わるぬくもりを両手に感じる。
いつも一緒にいてくれてありがとうね。
そんな言葉が急に思い浮かんできて顔が熱くなる。
思わず手の力を抜いてしまうと、康輔がバランスを崩しそうになった。
「おっと、わりいわりい。階段じゃあぶねえよな」
自分で体勢を立て直しながら振り向いた康輔があたしに微笑む。
あたしもごめんねって言おうとしたけど、下から来た人たちの邪魔になっていた。
「行こうぜ」と康輔が親指を立てて歩き出してしまう。
また言えなかったな。
いつもこうなんだ。
素直になろうとすると急に口が固まってしまうのだ。
ちょうど上り電車も到着するタイミングで、改札口が詰まっている。
「お、なんだこれ」
改札機を通り抜けたところで、急に康輔が腰を曲げた。
馬跳びに失敗した子みたいにつっかえそうになる。
後ろの人に舌打ちされたじゃないのよ。
「ちょっと、こんなところでどうしたの」
「落とし物だ」
起き上がった康輔の手の中にあるのはICカードの記名式定期券だった。
『学』のマークがついている。
成田から笹倉までの区間だ。
いろんな人に踏まれたのか、靴跡の汚れがついている。
指で汚れをぬぐいながら康輔がつぶやく。
「『タカミヤマナミ』って書いてあるな。俺たちの学校に、そんな名前の人いたっけ?」
「うーん、聞いたことないね。少なくとも同じ学年にはいないと思う」
もしかしたら普通科なのかも知れないけど、調理科のあたしはあまり詳しくない。
康輔はあたりを見回しながら落とし主をさがしていた。
落とし物をさがしていそうな、それらしい人はいなかった。
「駅員さんに届ければ?」
「ああ、まあ、そうだけどよ……」
語尾をぼやかしながら康輔はスマホを取り出した。
太い親指を動かしながらメッセージを打ち始める。
「何してるの?」
「クラスの連中に聞いてみようと思ってさ。この駅近くの高校って俺たちのところくらいだろ。二年か三年の先輩かもしれないじゃんか」
康輔がメッセージを送信するのに手間取っていて、遅刻しないか心配になる。
待っている間、あたしは横から文句を言っていた。
「ここから成田の高校に通ってる人かもよ」
「だったら、改札通れないから、そこらへん探してるはずだろ。改札口の外に落ちてたんだからよ」
あ、そうか。
なるほどね。
こういう推理ができるのは意外だった。
ようやく送信し終わって、あたし達は高校に向かって歩きだした。