「どうした。泣くなよ」

 康輔があたしの涙を指で拭ってくれる。

 いつだって康輔の優しさはそこにあったのに、あたしはそれを素直に受け取ることができなかったんだ。

 あたしは涙で喉を詰まらせながら、言葉を絞り出した。

「コースケ、いつもわがままばっかり言っててごめんね」

「わがままなんて言ってたっけか」

「うん。いつも勝手なことばかり言っちゃってたじゃん」

「そうか? でもよ、その方がわかりやすくていいじゃん。おまえのしたいこと、ほしいもの、気分がいいこと、全部わかりやすくて、はっきりしてていいじゃん。それで良かったんじゃないのか」

 康輔はいつもあたしを受け入れてくれていた。

 あたしはいつでも康輔に飛び込んでいけたんだ。

 でも、臆病なあたしにはそれができなかった。

 あたしの手を取って、冷えた指を温めながら康輔がつぶやく。

「それで良かったんだよ」

 それで良かった。

 私たちの会話には過去形しかないんだよね。

 これからの話をしてくれないんだよね。

 やっぱり康輔は、いなくなってしまうんだね。

 薄闇に慣れた目に境内の鈍い風景が染み入ってくる。

 この景色も思い出に変わるのか。

 そしてこの思い出もまた記憶から消されてしまうのか。

 薄闇の中でケークェーと鳥が鳴く。

 ギッギッとどこかで呼応する。

「ねえ、コースケ、あの鳥はなんていう鳥?」

「あの世鳥だよ」

 アノヨドリ?

「この世の鳥じゃないんだ。死んだ人間をあの世へ連れていく鳥だよ」

 そうだったんだ。

 だから、ここに来るといつも鳴いていたのか。

 でも、まだ聞こえるよ。

 ケークエー、ギッギッ……。

「俺にも聞こえるんだ」

 康輔が立ち上がる。

 待って。

 あたしも立ち上がると、鳥の姿を探すように康輔があたりを見回していた。

「そのうちおまえには聞こえなくなるさ。鳥の鳴き声も、俺の声も。もうすぐこの世とあの世が入れ替わるんだ」

「それって、あたしのせいだよね」

 康輔が微笑みながら首を振る。

「違うよ。おまえのせいじゃないよ。俺たちの願いが同じだったから、こうしてまた会えたんだろ」

 階段を下りて、康輔が参道を歩いていく。

 ねえ、待ってよ。

 どこ行くのよ。

 やだよ。

 行かないでよ。

 ケークエーと鳥が鳴く。