薄闇の中に康輔の姿がぼやけていく。

 やだよ。

 あたし、そんな素直な女の子じゃないよね。

 ずっとずっとひねくれてて、康輔の悪口ばかり言ってて、康輔にわがままばかり言ってるイヤな女の子だったよね。

 だから、こんなの全部認めないよ。

 あたしの世界はあたしが決める。

 康輔のいる世界があたしの世界なんだから。

 今までと同じことがこれからも続く。

 そんな時間を取り戻さなくちゃ。

 あたしはスマホを取り出した。

「ねえ、コースケ。パチンコ屋さんの看板の写真を送ってくれたことあったじゃん」

「ああ、中学の時だろ」

「なんで『コ』の方を隠してたの?」

 康輔が首をかしげる。

「なんか変か?」

「意味が分からないから」

 あたしは自分で撮っておいたパチンコ屋さんの看板の写真を表示させた。

 先に表示されたのは、試しに撮り直した『パ』を隠した方の写真だった。

 康輔が大笑いする。

「ちょ、おまえ、これ、引くわー」

「ち、ちがうの、だ・か・ら、これは……」

 静寂に覆われた境内にあたしたちの笑い声が響く。

 しどろもどろになりながらあたしは『コ』を隠した写真に切り替えた。

「ほら、これ、どういう意味よ?」

 なんでよ、と康輔がスマホの写真を指さす。

「指で『コ』を隠すと、『パチン』だろ」

 うん、だから?

「指で隠して『パチン』にしただろ。だから『指でパッチン』だよ」

 ああ、なるほど。

 あたしは思わず指をパチンと鳴らしてしまった。

 パチン、パチン、パチンと三回連続で鳴らす。

 いい音だ。

「それだよ、それ」と康輔が笑う。「ていうか、なんだと思ってたんだよ。『パ』なんか隠してさ」

 言えないよ、そんなこと。

 さっき見たくせに。

「で、『指でパッチン』がどうしたの?」

「それはべつに何も。ただ、『指でパッチン』だなって。ダジャレみたいなもんだよ」

 結局意味なんかないんじゃん。

 康輔の写真はこんなのばかりだった。

 それがあたしたちの日常の一コマだった。

 あたしたちの言葉にも意味なんかなかった。

 でも、その一つ一つがみんな大事な瞬間だったんだ。

 だから、今、涙が止まらないんだ。

 居心地のいい時間を失いたくなくて、もっと大切な瞬間の意味を確かめ合うことができなかったんだ。

 終わりの時が来る。

 始まってすらいなかったのに、終わりの時だけは来るんだ。