「あの瞬間、おまえは死んで、おれは生き残った。俺が残された世界では、死んだのはおまえだったんだよ。でも、俺はそんなの受け入れられなかった。だから、俺はお願いしたんだ。俺そっくりな狛犬にさ。おまえの死んだ世界を消して、おまえの生きている世界だけ残してほしいって」

 でも、それは、つまり、二つのうち、康輔の生きている世界が消えてしまうってことだよね。

「あたし、いやだよ。コースケがいなくなっちゃって、あたし一人だけ残されるなんて」

「しょうがねえよ。もう決まっちまったんだからさ」と、背中を丸めた康輔が足を抱えるように座り直して膝にあごを載せた。「さっき、ゲームで決めただろ」

「ゲームって?」

「ジャンケンでここまで来たじゃんか」

 あれがどうかしたの?

 まさか……。

 唇が張りついたように動かない。

「あれなら、絶対おまえが勝つだろ」

 そんな……。

 あれが、あたしたちの運命を決めるゲームだったなんて。

「ずるいよ、コースケ。あたし、そんなのいやだよ。そんなこと聞いてなかったし、知ってたらやらなかったし」

「だから、言わなかったんだよ」

 いつもそうだった。

 あたしたちは大事なことはいつも言わなかった。

 くだらないこと。

 どうでもいいこと。

 一番伝えるべきことを隠して、ふわふわとあいまいな言葉だけを相手に投げかけてお互いを傷つけないようにしてきたんだ。

 だったら……。

 ねえ、お願いだから。

 嘘だって言ってよ。

『ばかだなあ。んなわけないだろ』ってあたしのおでこをコツンってしてよ。

 全部嘘に決まってるだろ。

 でたらめだよ。

 だまされるなよ。

 おまえ、素直すぎるぜ。

 あたしはおでこを康輔に向けた。

 でも康輔は優しく微笑むだけで、あたしのおでこをなでていったのは北風だった。

 終わりの時が来る。

 その予感を告げながら、あたしたちの間を風が吹き抜けていく。

 日の落ちた境内にはもう鳥の鳴き声もしない。