そっと目を閉じて祈った、そのときだった。

「かさね」

 え?

 声が聞こえた。

 間違いない。

 空耳じゃない。

 確かに呼んでいる。

「かさね」

 あたしはこの声を知っている。

 懐かしい声。

 あたしが聞きたかった声。

 あたしは目を開けることができなかった。

 うれしさに体が震え出す。

 ちょっとだけ怖くなってギュッと目を閉じる。

 目を開けたらいなくなってたなんて、いやだよ。

「なあ、かさね」

 大丈夫。

 聞こえる。

 だけど、あたしは振り向くことができなかった。

 なんで?

 どうして?

 忘れようとすればするほど、忘れさせてくれないの?

 どうして、あきらめるって言ってるのに、あきらめさせてくれないのよ。

 ……だけどね。

 だけどね。

 たとえどんなに苦しくても、どんなに心を引き裂かれても、あたしは会いたかったよ。

 いるんでしょ。

 康輔!

 やっぱり、いたんでしょ。

「おい、かさね」

 うん、何?

 もう、今までどこにいたのよ。

 ぎゅっと目を閉じているのに、涙がにじみ出してくる。

 あたしは涙をぬぐって目を開けた。

 待ってた。

 ずっと待ってたよ。

 今、あたしのとびきりの笑顔を見せるからね。

 ほら、あたしだよ。

 ……え?

 あれ?

 振り向くとそこには男子高校生がいた。

 うちの高校の制服を着た男子だ。

「よう、かさね」

 声も間違いなく康輔だ。

 でもそれはあたしの知らない人だった。

 そこにいるのは、うちの高校の制服を着たイケメン男子だった。