「はあ、今日も疲れたよ」

 帰り道、ミホがため息をつく。

「でも、ミホの班の、おいしかったじゃん。先生も褒めてたし」

「まあ、そうだけどね。疲れることに変わりはないじゃん」

 ミホの言うことも分かる。

 教わったことを覚えるだけでなく、その場で言われたとおりに実行できなければいけない。

 味も見た目も完璧を求められるし、時間との勝負だから手際の良さも必要だ。

 そのどれか一つが欠けてもお客さんに満足してはもらえない。

 実際、褒められているときほど、喜んでいられるような余裕がなかったりする。

 仕事って難しい。

「まあ、そうだけどね」

「あ、真似した」とミホがあたしの腕をつつく。

「まあ、そうだけどね」とあたしも返す。

「うわ、かさねてきたよ」

「あたし、かさねだから」

「うわ、ダジャレで逃げたよ。ていうか、そこは『まあ、そうだけどね』で押し切らなきゃ」

「まあ、そうだけどね」

 イエーイと、こぶしをぶつけあう。

 疲れすぎて、テンションがおかしい。

「じゃ、また明日ね」

「うん、ばいばい」

 勾玉神社の前でミホと別れる。

 あたしも疲れたな。

 これは家に着いたらベッドに倒れて爆睡かな。

 竹藪の坂道を下ろうとしたとき、呼ばれたような気がした。

 ……かさね……。

 振り向いてもそこにはだれもいなかった。

 ミホ……じゃないよね?

 何か用でもあったのかな?

 念のため神社の前まで戻ってみたけど、やっぱり誰もいない。

 本当に何か用事があるのなら、スマホにメッセージが入っているはずだ。

 やっぱり、風が運んできた空耳か。

 ただの幻だと分かると、さびしさがこみあげてくる。

 もういいよ。

 あたし、疲れましたよ。

 どこの誰だか知らないけど、どこかであたしのことを見ているんでしょう。

 そんなにあたしを落ち込ませて楽しいんですか。

 そんな文句を言ったところで、誰にも届かないし、返事も来ない。

 早くもすっかり傾いた冬の夕日に照らされて神社が浮かび上がるように輝いている。

 黄金色に包まれた境内はまわりから切り離された別世界のようだった。

 引き寄せられるように、あたしは一人、鳥居をくぐった。

 右側の鼻の潰れた狛犬様と向き合う。

 お願いを聞いてくれますか。

 あたし、もう、あきらめます。

 康輔のこと、忘れます。

 運命と闘うだけが解決方法ってわけじゃないですよね。

 だから……、もう、いいんです。

 忘れさせてください。

 お願いします。

 あたしの心の中から康輔の記憶をすべて消し去ってください。

 二度と思い出さないように。

 あたしの心を押しつぶしてください。

 もう、いいんです。

 だから、お願いです。

 忘れさせてください。