「ねえ、かさね」

 ミホに呼ばれて我に返る。

「え、なに?」

「で、あの変な鳴き声の鳥はなんて言うの?」

 まだ頭上でケークェーと鳴き声がする。

「ごめん、分からないよ。あたし鳥に詳しくないし」

「なんでメジロだけ詳しかったんだろうね」

 やっぱり、ミホは忘れているんだ。

 メジロのことは覚えていても、康輔のことはもう覚えていないんだ。

 あらためて康輔のことを説明するのはやめておいた。

「あー、まあ、たまたまおばあちゃんに教えてもらってたからだったかな」

 そうやって当たり障りのない嘘を混ぜて余計な心配をさせないのも必要なことなのだ。

 この日常を引っかき回してはいけない。

 そんなことをしても康輔に会えるわけではない。

 むしろ、どんどん記憶や痕跡が消えていってしまう。

 おそらく、このメジロの話も、次はもう思い出せなくなってしまうんだ。

 いつのまにかミホの記憶がすり替わってしまったように。

 鷹宮先輩が定期券をなくしていなかったことになっているように。

 あたしの記憶も消されてしまうのだ。

 でも、せっかく忘れそうな自分を受け入れようとしているのに、どうしてまたこんなふうに手がかりをチラ見せしてくるんだろう。

 本当はあきらめていないあたしの本心を確かめているんだろうか。

 ごまかせはしないぞ。

 おまえの魂胆は分かっているぞ。

 おまえが降参するまで痛めつけてやる。

 どこかで誰かがあたしを見ているんだ。

 これは運命との闘いなんだ。

 だからあたしもそれに対抗して、本当の気持ちを隠し続けなければならないのだ。

 もう全然康輔のことなんか気にしてませんよ。

 なにも覚えてないですよ。

 だから、見逃してくださいよ。

 ねえ、だめですか?

 誰に問いかけているのかは分からない。

 石畳の参道をひゅうと北風が吹き抜ける。

 舞い落ちた枯葉がかさかさと音を立てて転がっていく。