めまいのような感覚をこらえていると、心の奥底から光が浮かんできた。

 そうだ、康輔だ。

 あたしも康輔から教わったんだった。

 中学に入学したときのことだ。

 入学式の翌日、クラスの親睦を目的とした球技大会がおこなわれたんだった。

 あたしたちの中学校は薄井地区の三つの小学校から生徒が集まってきていた。

 お互いに知らない人ばかりで初めはぎこちない雰囲気だったけど、出身小学校を混ぜたチームでドッジボールを始めたらすぐに団結して盛り上がったんだっけ。

 そんな試合の合間にグラウンドの隅で休憩していたら、頭の上で小鳥の鳴き声が聞こえてきたのだ。

 見上げると、桜の花の間をチュルピツツピとかわいらしい声で泣きながら若葉色の小鳥が飛び交っていた。

『ねえ、あれ、ウグイスかな』と、あたしは横にいる小学校からの友達のジャージを引っ張ったんだった。

『メジロだな』

 あたしは驚いた。

 答えが違っていたことではなく、答えてくれた相手が違っていたことに。

 あたしがジャージを引っ張っていたのは全然知らない男子生徒だったのだ。

『あ、そうなの。へえ、メジロっていうんだ』

 しどろもどろになりながらとりあえず話をしたけど、正直、恥ずかしさで逃げ出したい気持ちだった。

 でも、その男子は間違って突然話しかけたあたしに鳥のことを親切に教えてくれたのだ。

『あの緑色の鳥は、目のまわりが白いからメジロっていうんだ。ウグイスは鳴き声はホーホケキョって派手だけど、色は灰色っぽくて地味で姿を見つけるのは難しいんだ』

『へえ、そうなんだ。でも、緑色のあんこのことをうぐいす餡っていうよね』

『さあ、あんこのことは分からねえな』

 食いしん坊と思われたかと思ってちょっと恥ずかしかったけど、初対面の男子なのに自然と会話が続くのが意外だった。

『鳥に詳しいんだね』

『ああ、じいちゃんに教わった』

『へえ、そうなんだ』

 ホイッスルが鳴って、試合のメンバーが入れ替わる。

 コートの中から呼んでいる。

『おーい、康輔、出番だぜ』

 うっす、とあたしの横にいた男子生徒が歩き出す。

 それが康輔との出会いだった。

 そうだ、そうだったんだ。

 高校に入学したときに、ミホからも偶然同じことを聞かれて、ここぞとばかりに知ったかぶりして教えてあげたんだった。

『へえ、詳しいんだね』と感心されて、実は自分も八重樫康輔という男子に教えてもらったんだと種明かしをしたんだったっけ。

 でも、今、ミホは小鳥に詳しいのがあたしだと思っている。

 いつの間にか康輔の話があたしにすり替わっている。