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 その日の放課後、あたしはミホと勾玉神社に立ち寄った。

 鳥居をくぐって狛犬の間に立つ。

 まっすぐ延びた参道はきれいに掃き清められていて、厳かなたたずまいに背筋が伸びる。

 でも、狛犬の周囲だけは切り取った写真を貼り付けたような違和感がある。

 右側の狛犬は台座に苔がついていたり表面が風化してなじんでいるのに、左側はきれいすぎるし顔も洋風で神社の雰囲気に似合わない。

 印旛沼とオランダ風車みたいな組み合わせだ。

「やっぱり、なんだか餃子の神様の守り神らしくないよね」とミホがまたバチ当たりなことを言い出した。

 みんな口には出さないけど、勾玉の形とは誰も思っていないゆるキャラのことだ。

「またおでこぶつけるよ」

「はいはい、すみませんでした」と、言ってるそばから頭を下げてまたぶつけそうになっている。

 かろうじて当たらずに済んで、苦笑いしながらミホがうんちくを語り出した。

「狛犬ってさ、右側が口を開いていて、左は口を閉じてるんだよね」

「へえ、そうだったんだ」

 言われてみると、たしかに右側の狛犬は口を開けていて、あくびをしたときの康輔みたいだ。

「新しい洋風の顔の方が口を閉じるとイケメンで丁度いいね」

 ミホの言うように、この長い顔で口を開けてるとちょっとワニみたいになってしまうだろう。

 右も左も康輔みたいだったら、お前たちふざけてるのかと神様に怒られちゃいそうだ。

 境内の周囲の木々から、ケークェーという甲高い鳥の鳴き声が響く。

 呼応して鳥の輪唱が始まる。

 上から押さえつけられるような音が雷みたいで恐怖を感じてしまう。

 本当に神様に怒られてるみたいだ。

 あたしふざけてないですよ。

「あれはなんていう鳥?」とミホがあたしに聞く。

 いかにもあたしが知っているかのような口ぶりで聞かれたからびっくりした。

 そんなの分かるわけがない。

「さあ、鳥はカラスくらいしか知らないよ」

「でも、前に鳥のこと教えてくれたのかさねじゃん」

 鳥のこと?

 あたしが?

「覚えてないよ。何の話だっけ?」

「ほら、メジロとウグイスの違い。メジロは緑色の小鳥で、ウグイスはホーホケキョと鳴く小鳥だけど、灰色っぽくて地味な色だって」

 そんな小鳥の話をしたこと自体、まったく覚えていない。

 あたしが首をかしげていると、ミホがあたしの腕をつついた。

「入学したときにさ、教えてくれたんじゃん。忘れちゃったの?」

「うん、全然分からないや」

「桜の花が満開の時にさ、枝から枝に飛び移ってチュルピチュルピって鳴いてる緑色の小鳥がいたんだよ。で、私がウグイスかなって言ったら、あれはメジロだよって教えてくれたんじゃん」

 あたしが?

 なんでそんなことを知っているんだろう。

 おばあちゃんに聞いたんだっけ?

 花の名前はたくさん教えてもらったけど、小鳥の話は聞いたことがない。

 それなのにどうしてあたしが人に小鳥の名前を教えてあげられるんだろうか。

 ケークェーと境内にまた鳥の鳴き声が響く。

 それはまるで神様のお告げのように、あたしの記憶をかき乱した。