『ハチ公並みの忠犬になるぜ』

『迎えに来てくれるか?』

 あの時の康輔の言葉、しぐさ、表情。

 そして、あの時のあたしの気持ち。

 それまで隠していた好意を伝えようと決心したときのあの時のちょっぴりこわくて、でも、康輔のことが好きで好きでたまらなくて、絶対にこの気持ちを伝えるんだって決めたときのあの時の気持ちが一気にこみ上げてくる。

 あの時の気持ちもあの時の決意も全部夢でも幻でも嘘でもなんでもないよ。

 あたしは康輔が好きなんだもん。

 行きたいよ。

 迎えに行きたいよ。

 渋谷の駅前に行けば待っていてくれるの?

 あたしが迎えに行くのを待っていてくれるの?

 つれない返事のように風が吹き抜けていく。

 いつのまにか頬が冷たい。

「かさね?」

 呼ばれて我に返ると、ミホがあたしの顔をのぞき込んでいた。

「大丈夫?」

 今度はあたしが心配される番だった。

「泣いてるの?」と、ミホがハンカチを出して拭いてくれる。

「なんでもないよ。ミホが痛そうだったから、なんかあたしも鼻がジーンときちゃって」

 下手くそなごまかし方だったけど、押し切るしかなかった。

「私は大丈夫だよ。もう痛くないし」と、ミホがおでこをさする。

「良かった。あ、学校行かなきゃ。遅刻しちゃうよ」

 あたしはミホの手を引いて境内を出た。

 道を歩いていると、他の同級生達が合流してきた。

「おっはよう、ミホ、かさね」

 同じ調理科のメグとサキだ。

「あ、おはよう」

 あたしたちの日常が戻ってくる。

 メグがミホを指さす。

「ミホ、おでこ赤いよ」

「ちょっとぶつけちゃってさ」

「やだあ、美貌が台無しじゃん」

 サキもたたみかけてくる。

「そうだよね。ミホの美貌は私たちの宝物なんだからさ」

「なにそれ」と照れ笑いを浮かべたミホがかかとでターンして背中を向けた。

 ちょうど校門を通り過ぎたところで、メグが朝日に輝く校舎を指さす。

「そうそう。なにしろ、イケメン絶滅区域だからね、ここは」

「だよね。ミホはあたしたちの唯一の希望の光だもん」

 二人の笑い声が澄んだ青空に舞い上がる。

「意味分かんないし」とミホが一人、口をとがらせている。

 そんなミホを見て、メグが演劇口調で空に向かって手を伸ばす。

「おお、ミホ、あなたはなぜミホなの?」

 ロミオとジュリエットのものまねだ。

「オヤジに聞けよ」と本人はそっけない。

「うほ、男前!」とサキが手をたたきながら笑う。「ていうか、名前つけたのお父さんなの?」

 言われてミホが首をかしげる。

「あれ、どうだろうね。そういえば聞いたことないや」

「聞いときなよ」

「だよね」とメグもうなずく。