笹倉駅では、階段下でミホが待っていてくれた。

 退院して以来、毎朝ずっと来てくれている。

「おはよう、ミホ。今日もありがとうね」

「はあい、かさね。すっかり鍛えられたからね」

 ミホが太股のあたりをポンポンとたたく。

 毎朝急な坂道を往復していたせいか、ミホはマラソン記録会ではかなり上位に食い込んでいた。

「でも、食欲倍増で体重もやばいんだよね」

「そんなことないよ」と上から下まで全身を眺めながら言うと、ミホがあたしの肩をつつく。

「コラ、今、どこ見て言った?」

「あー、えっと、全体的に?」

「ペタンコ同盟なんか組まないからね」

 言葉はきついけど、ミホの目は笑っている。

「思ってないよ。ほら、行こうよ」

 あたしは後ろからミホの両肩に手をかけて押した。

「電車ごっこじゃないんだからさ」と言いつつ、ミホも足取りが軽い。

 すれ違う人たちも子供っぽいノリのあたしたちを見てクスリと笑みを浮かべている。

 これがあたしたちの日常なんだ。

 ミホは『ペタンコ同盟』の成り立ちを覚えているんだろうか。

 康輔が『ガッカリ体型』って言って、あたしが『ペタンコ同盟』と名付けたんだった。

 でも、ミホには聞けなかった。

 そういう言葉だけはちゃんと残っていても、あたし以外の人からは康輔の記憶は消えているんだ。

 確かめてみようとしたところで、友達を困らせるだけだ。

 ミホにとってあたしは、大切な人を失って困っている友人ではなくて、交通事故に遭ってリハビリ中の同級生なのだ。

 あたしとミホは、見ている世界が違う。

 見ようとしている物が違うのだ。

 この世界がいくつもあるわけじゃないのにね。

 ちょっとだけ鳥肌が立つようなざわっとした感覚がわき起こる。

 と、そのときだった。

「ストップ、ストップ!」

 ミホがのけぞりながら後ろに体重をかけて立ち止まる。

 思わずおでこからミホの後頭部につっこみそうになってしまった。

「ちょ、かさね、赤だよ、赤!」

 目の前を車が通りすぎていく。

 横断歩道の信号に気づいていなかった。

「ごめん、前が見えなかったよ」

「かんべんしてよ。ちょーこわかったよ」

「ごめんごめん。危ないからやめようね」

 あたしはミホと並んで信号が青になるのを待った。