◇
駅に近づくにつれて人が増えてくる。
薄井駅北口の広場に面して小さなパチンコ屋がある。
シャッターの下りたお店の前にはゴミ袋が積んである。
歩きスマホの高校生が突っ込みそうになって、変なリズムのステップを刻んでゴミの山をよけていく。
康輔だったら、まっすぐ突っ込んでコントみたいに転んでいただろうな。
スマホを取り出して、看板の文字を一つだけ指で隠して写真を撮ってみる。
『パチン』
やっぱり『コ』を隠しても面白くないよね。
あいつ、何が言いたかったんだろう。
パチン!
スイッチをオフにしたみたいに、康輔といた世界のすべてが消えてしまっていた。
でも、あたしはこの世界で生きていかなければならないんだ。
『パ』を隠してみたら、おまえ何やってるんだよなんて康輔が出てきてくれるかな。
そんなわけないか。
一応やってみる。
写真も撮ってみた。
でも、やっぱり康輔は出てこない。
当たり前か。
あきらめて駅の階段を上がる。
改札口の前で、いつものように康輔を待つ。
もちろん、来ない。
『もちろん』とか『当たり前』なんて言ってしまう自分がちょっとだけ嫌になる。
でもやっぱり、来ないものは来ない。
そんなふうに胸にチクリと刺さる小さなトゲを確認しながら、あたしは毎朝改札口を通るのだ。
いつもの電車がやってきて、いつもの車両に乗り込む。
そういう日常の小さな儀式を積み重ねていく。
ちょっと生きることに敏感になりすぎているとは思う。
でも、今はそれくらいでちょうどいい。
そうやってあたしは、この受け入れがたい世界を生きていくんだ。
印旛沼と風車を眺めながら康輔のことを考える。
カバみたいに大きな口を開けてあくびしていた姿がはっきりと思い浮かぶ。
『歯、磨いてきた?』
『顔は洗った』
夢や妄想じゃない。
そんなどうでもいい会話だってちゃんと覚えている。
病気や怪我のせいで記憶がねじれたり、いない人のことを想像したりすることってあるんだろうか。
検査の時にお医者さんに聞いてみたかったけど、お母さんと一緒だったから、そんなことを聞くわけにはいかなかった。
家族に余計な心配をさせたくはない。
脳にも身体にも異常がないんだから、お医者さんだって、それ以上のことは分からないだろう。
康輔のいない日々を過ごすことになるなんて思ってもみなかった。
でも、それが現実なんだ。