電車がカタンと揺れてゆるいカーブを駆け抜けていく。

 とっさに手すりをつかむ。

 金属の冷たさがあたしを現実に引き戻そうとする。

 あたしはそれに逆らうように暗い車窓に康輔の面影を思い浮かべていた。

 本当は康輔に言いたかった。

 写真送ってくれてありがとう。

 笑わせてくれてありがとう。

 肉まんおごってくれてありがとう。

 いつも一緒にいてくれてありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう……。

 なんで言わなかったんだろう。

 こんなに好きなのに。

 何で気持ちをちゃんと伝えなかったんだろう。

 康輔の名前だって書けるよ。

『八重樫康輔』って、漢字でちゃんと書けるよ。

 お願いだからさ、嘘だって言ってよ。

 いなくなるわけないだろって笑ってよ。

 会いたいよ。

 もう一度康輔に会いたいよ。

 会ったら絶対あたしの方から抱きついてやる。

 あいつびっくりするだろうな。

 おい、やめろよ、なんて振りほどこうとするだろうけど、あたし絶対に離れてやらない。

 好きなの。

 好きなんだもん。

 お願いだから、言わせてよ。

 あたし、康輔が好き!

 本当に……。

 好きだったんだから……。

 ……だった?

 逆回転するはずのない時計が後戻りを始めたような気がした。

 どうしてあたし、過去形にしちゃったんだろう。

 きらきらしていたはずの思い出が、ザラザラとした砂のようにあたしの心をこすり始める。

 電車が薄井駅に到着する。

 ドアが開いて冷気があたしを車外に引きずり出す。

 現実を見ろと暗闇の中へとあたしを導いていく。

 空を見上げても星空は見えない。

 ねえ、康輔。

 あたしが見たかった新しい世界はこんなのじゃないよ。

 康輔のいなくなった世界で、あたしはあいつの笑顔を探していた。