下駄箱で靴を履き替えるとき、あたしはチラリと後ろの棚を見た。

 いつもの場所には、康輔の名前も上履きもなかった。

 なんか想像通りだったので逆に驚かなかった。

 やっぱり……。

「どうしたの?」

 ミホがあたしの視線の先を見ている。

「え、べつに」

「なんだっけ、康輔君だっけ?」

 とっさにごまかしたつもりだったけど、友達には見抜かれていたらしい。

「え、ああ、病院であたしが話したこと? ううん、ちがうよ」

 あたしが否定すればするほど、勘のいい友達にはばれてしまう。

「康輔君、普通科だったの?」

「違うよ。ただちょっと後ろを見ただけ。なんでもないって。ホントにごめん。笑っちゃうよね、アハハ」

「他の人なら、分かるかも」

「だから、違うって!」

 つい、声が大きくなってしまった。

 しまったと思ったときは手遅れだった。

「ごめん」

 ミホが固まっている。

 あたしが言わなきゃいけない言葉なのに、先にミホに言わせてしまった。

「ご、ご……ん」

 声がかすれてしまった。

 もっとちゃんと謝って、心配かけないようにしたいのに、全然言葉が出てこない。

 あたしはいつもこうなんだ。

 かんじんなときに何も言えなくなってしまう。

 ちょうど登校してきた同級生があたしに声をかけてくれた。

「あ、西谷ちゃん、久しぶり。学校来ても大丈夫なんだね。良かったね」

「うん、ありがとう」

 ミホがうつむいたまま一人で教室に向かって歩き出してしまう。

 別の同級生も何人かやってきて、あたしを囲んでみんな温かい言葉をかけてくれる。

 あたしはこんなに恵まれているのに、大事な友達を傷つけて何もできないでいる。

 せっかくあたしの話を真剣に受け止めてくれていたのに、あたしは突っぱねてしまった。

 予鈴が鳴ってみんなと一緒に教室に向かう。

 同級生に囲まれながら、あたしは先を行くミホの背中を見ていることしかできなかった。