いつも康輔と歩いていた武家屋敷の坂道を今日はミホと一緒に歩く。

 やっと言いたいことは言えたけど、でもやっぱりあらためて康輔のことを聞くわけにはいかない。

 これ以上迷惑も心配もかけてはいけない。

 あたしの妄想ということで終わらせるしかないんだ。

 滑りやすい坂道を一歩一歩しっかりと踏みしめながら上る。

 竹藪からワッて飛び出してきてくれないかな。

『だまされただろ。ずっと隠れてたんだぞ。ドッキリだぜ』なんてね。

 いくらあいつでも、そんなセンスのないイタズラしないか。

 ため息しか出ない。

 そんなあたしの様子を見て、ミホが心配したらしい。

「大丈夫? 疲れた?」

「ううん、平気だよ。ここさ、前に滑ったことがあってね」

「そうだよね。苔なのかな。こっちは北側で日陰だもんね。うちの方の坂はね、こんなに滑りやすくはないよ。こんなに急じゃないし」

「へえ、そうなの」

 少しミホの息が荒い。

「なんか、坂がきつすぎてアキレス腱伸ばす運動してるみたいだよね」

 膝に手を当てながら歩いている。

 あたしの方は慣れているせいか、病み上がりのわりにそれほど苦しくはない。

 でも、そういえば、高校受験の時に、康輔が文句を言ってたっけ。

『マジかよ、この坂。おれ、毎日通える気がしねえよ』

『受かってから文句言いなよ』

『受かる気もしねえし。落ちたら無駄じゃん。このまま帰りてえよ』

 運良く受かってからも、入学して最初の頃はずっと文句を言ってたっけ。

 あれが幻だったなんてことはあり得ない。

 でも、今、康輔はいない。

 あたしだけ、ここにいて、康輔がいない。

 康輔に何があったんだろう。

 康輔がいなくなるような何か重大なことが起きた。

 それがなんなのかは分からないけど、存在していた人がいなくなるほどの何かがあったんだ。

 あの自動車事故?

 でも、それならそれで、いなかったことにはならないはずだ。

 ニュース記事によれば事故で死んだわけではないらしい。

 でも、だからこそ、なんでいなくなったのかがまるで分からない。

 ミホの様子からしても、いなくなったというより、最初から存在しなかったことになっているみたいだし。

 もう一度ミホに確かめてみたい、聞いてみたいと思いつつ、出てきた言葉はただの軽口だった。

「マラソンの準備体操にちょうどいいじゃん」

「よくないよ。かんべんしてよ」

 二人で笑っているうちになんとか坂を上りきる。

 そこは勾玉神社、あたしが巻きこまれた事故現場だ。

 あの時は突然記憶が途切れたんだった。

 パチン!

 夜中に停電したみたいに真っ暗になったのだった。

 今、初めてその場所に戻ってきた。