笹倉駅に到着してドアが開く。

 外から吹き込んできた風に汗が冷やされて、体が自然に震え出す。

 他の乗客に押し出されてホームに降り立つ。

 改札口へ向かう人波から外れてあたりを見回してもやっぱり康輔はいなかった。

 まるでシャワーを浴びたばかりみたいに髪がぐっしょりと濡れている。

 通りがかりの人の視線を感じる。

 あたしはスマホを見ているふりをしながらハンカチで汗を拭い続けた。

 下り電車が発車して行ってしまうと、向かい側の上り線ホームに人がずらりと並んでいる。

 全員から弓矢を射られているみたいで視線が痛い。

 どちらにしろ、あたしには逃げ場がないようだった。

 額に張りついた前髪をかき分けながらあたしは一人歩き出した。

 改札口を出て階段を下りたところで声をかけられた。

「かさね、おはよう」

 ミホだった。

「え、どうして? 待っててくれたの?」

「待ってないよ。いつも来る時間同じだったじゃん。だから今の電車だろうなと思ってさ。あたしもさっき着いたばっかり」

 待ち合わせをしようと事前に連絡していたらあたしが遠慮すると知ってて、内緒で待っていてくれたんだろう。

 気をつかわせてごめんね。

 わざわざありがとう。

 でも、それを言ったら、せっかくの好意が台無しになるんじゃないのかな。

 あたしは出かかった言葉を飲み込んでしまった。

 その瞬間、胸の奥をかきまわすような感覚が沸き起こってきた。

 康輔にしてきたことと同じだ。

 言うべきことを言わなくて、言えばよかったと後悔するいつもの悪い癖だ。

 やっぱり言わなくちゃと思ったときには、駅の階段を上がる人たちがあたしたちを邪魔そうによけていたので、ミホが歩き出していた。

 あたしはその背中を追いかけながら、全然違う言葉を口にしていた。

「ていうかさ、こっちに来ちゃったら、ミホ坂道往復じゃん。朝からいい運動だよね」

 ミホの家は笹倉城の丘をはさんだ駅の反対側だから、二十分くらい早めに出てきたんじゃないだろうか。

「でしょ。もうダルダル。脚パンパン。体育休みたいよね。知ってる? 今日からマラソンだよ」

 あたしが入院している間に授業内容も変わったようだ。

「ぐあ、マジ? ま、あたしは見学だけどね」

 ミホが軽く振り向きながら手を広げた。

「いいなあ……とは言えないか。早く体調戻るといいね」

「ホントはもうなんともないんだけどね」

「そうなの? 良かったね。でも無理しない方がいいよ」

「うん、ありがと。ありがとうね、ミホ」

 やっと言えて、あたしもほっとした。

「大事なことだから二回言った?」と笑ってくれる。

「うん」

「素直だね、かさねは」

「素直だよ、あたし」