あの日くだけた世界のかけらを集めても

 南口の階段を一段ずつ踏みしめながら改札口に上がる。

 やっぱり康輔はいない。

 鞄から交通カードを取り出す。

 久しぶりに改札機にタッチする。

 うまく反応するかちょっとだけ心配だったけど、機械はいつも通り反応してゲートが開く。

 何も変わったことはないのに、緊張してしまう。

 あたしのまわりをどんどん人が追い越していく。

 人の流れに乗るのって、こんなにも大変なことだったっけ。

 ホームに下りる階段がちょっとこわい。

 いつもは康輔と駆け下りてるのに、今日は一人だからかな。

 ちょうど滑り込んできた電車のいつもの車両に乗る。

 いつものようにドアのところに立つ。

 でも、康輔がいない。

 他の乗客は見覚えがある。

 向かい合わせに立っているはずの康輔だけがいない。

 ドアが閉まって電車が動き出す。

 印旛沼が輝き、背景に似合わないオランダ風車の横を通り過ぎる。

 いつもと変わらない車窓を眺めているのはあたし一人だ。

 ゆるいカーブで減速した電車が軽く揺れる。

 汚れた窓ガラスが白く輝く。

 そこに映っているはずの康輔がいない。

 考えたくないことばかりが思い浮かぶ。

 康輔がいない。

 すれ違って会えないとか、そういうことじゃなくて、もしかして……。

 いないの?

 八重樫康輔っていう男子高校生なんて、どこにもいないってことなの?

 どういうことなのよ。

 ねえ。

 まわりの乗客はいつもと同じ顔ぶれだ。

 事故の前と変わらない人たちだ。

 スマホをいじる人たち。

 反対側のドアにもたれかかって単語帳をめくっている高校生。

 隣の人にもたれかかりながら居眠りをしているおじさん。

 やっていることまで事故の前と変わらないのに、康輔だけがいない。

 まわりの人たちはあたしが三週間ほどいなかったことに気づいてたかな。

 顔見知りの乗客に尋ねてみたかった。

 あたし、いつも猫背の男子高校生と一緒に乗ってましたよね。

 あたしがいない間、その彼は一人で通学してましたか。

 でも、そんなことを聞いたら気味悪がられるだろうな。

 顔に変な汗がにじみ出てくる。

 乗り物酔いのような感覚がこみ上げてきて、あたしは考えるのをやめた。

 心臓が駆け足を始める。

 待ってよ。

 そんなに焦らなくても大丈夫だから。

 落ち着かなくちゃ、ね。

 自分に言い聞かせようとしても、自分の体が言うことを聞いてくれない。

 ハンカチでぬぐっても汗が止まらない。

 どうしよう。

 吐きそう。

 康輔……。

 助けて、康輔。