あたし達の通う笹倉北高校も、周辺は平坦なのに校舎はお城があった丘の上にあるせいで、笹倉駅からは毎日朝夕けっこうきつい坂を上り下りしなくちゃならない。

 その坂も武家屋敷が並ぶ古い道だから、車も通れないほど狭いし、竹藪に囲まれていたりして昼でも真っ暗だ。

 よくおばあちゃんと見ていた時代劇みたいに、暴れん坊な将軍をねらった忍びの軍団が出てきそうな雰囲気だし、雨なんか降った日だと滑りやすいし、靴が泥だらけになってしまう。

 高校に入学して間もない頃だったけど、帰りの下り坂を歩いていたら、康輔の目の前で尻餅をついてチェックのスカートが真っ黒になったことがあるくらいだ。

 あのとき、康輔は『腰に巻けよ』と自分のジャージを貸してくれた。

 お尻が冷たくて気持ち悪かったけど、おかげで泥汚れを隠すことができて家まで無事に帰れたんだった。

 今朝はいているスカートはその時の物なのに、全然気がついてないんだろうな。

 まあ、夏スカートと冬スカートで、布地の区別がつく男子の方がキモイか。

 クリーニングですっかりきれいになってるし。

 笹倉北高校は十年前に共学化した元女子校で、普通科の他に被服科と調理科がある。

 そのせいか、今でも男子より女子の方が多い。

 戦前の女学校から続く伝統校だけど難易度はそれほどでもなくて、おかげであたしも康輔も合格することができた。

 進学校ではないわりに荒れてはいない。

 男子は多数派の女子に囲まれて息をするにも許可がいるからカッコつけたり目立つことはしないし、女子は面倒事を起こさないように空気を読み合っている。

 嫌なことがあったら黙って寝てればいいじゃんで済ませてしまうくらいにはサバイバルの知恵をみんな持ち合わせている。

 それになにより、土地柄が大きいと思う。

 このあたりは街のあちこちに江戸時代の武家屋敷や商家の建物が残っているせいか、流れる時間がゆったりとしている。

 高校の敷地は笹倉城の二の丸だったところで、土塁と空堀に囲まれているけど、フェンスや柵はない。

 土塁には幹が太くて見事な枝振りの桜がずらりと植えられていて、入学式の時はちょうど満開でけっこうテンションが上がった。

 お城に来た観光客が桜の花につられてそのまま学校の敷地に入っちゃっても、誰も気にしないようなおおらかな校風だ。

 あたしたちにとっては居心地の良い場所で気に入っている。

 なにしろ勉強が難しくないから楽でいい。

 あたしはそもそも調理科の生徒だから学科が少ないし、ほとんど中学の時の復習みたいなものだ。

 調理科を選んだ理由の半分はそれだ。

 同級生はみんな将来パティシエとか、ホテルやレストラン業界を目指しているけど、あたしにははっきりとした目標はない。

 おいしい物が食べられそうだからなんてくだらない理由で受験したなんて、みんなには言わないでいる。

 康輔はあたしよりさらに勉強が苦手だから、ここの普通科以外に選択肢がなかった。