康輔のことを考えていたら、不意に狛犬のことが頭の中に浮かんできた。

 鳥居が壊れたということは、すぐそばの狛犬も無事ではなかったんじゃないだろうか。

 ニュース記事にはそのことは書かれていなかったし、写真も角度がいまいちで、よく分からなかった。

 粉々に砕けた狛犬を想像していると、なんだか康輔までそんな姿になってしまったような気がして体が震え出す。

 体の奥から何かがこみ上げてくる。

 気持ちが悪くなってしまってトイレに駆け込んだ。

 急いだせいでなおさら頭がクラクラして、胃がグニュグニュと痙攣した。

 空腹だったから何も出てこなかったけど、変な汗で体中ぐっしょりになってしまった。

 いつの間にかトイレの外ではお母さんが心配そうな顔で立っていた。

「大丈夫? もう一度お医者さんに行ってみる?」

「ううん。おとなしく寝てるよ。心配かけてごめんね」

 病院から帰るときに着ていた服を脱いで、タオルで汗を拭う。

 その間にお母さんが新しいパジャマを用意してくれた。

 めまいがしたときのための薬をもらっていたので、それを飲んでから自分の部屋に戻った。

 ベッドに入って、ついてきてくれたお母さんに笑顔を向ける。

「ごめんね。スマホばっかりいじってたのがいけなかったのかな。ちゃんと寝てるからさ」

「なんか素直ね」

「なによ。かえって心配?」

 お母さんも笑ってくれた。

「帰ってきてくれて安心したわよ。無理しないでゆっくり休んでなさいね」

「明日から学校行けるかな」

「無理しなくていいのよ。先生にも、さっき退院しましたってメールしておいたけど、出席日数の心配はいらないからしっかり養生しなさいっておっしゃってたわよ」

「うん。じゃあ、明日の朝、考えるね」

「夕飯できたら様子見に来るけど、寝てたら起こさないからね」

「うん。ありがとう」

 お母さんがあたしの額にかかった前髪を直してから部屋を出て行った。

 目を閉じると、おばあちゃんのことが思い浮かんできた。

 去年亡くなったとき、病院から帰ってきたおばあちゃんは安らかな顔をしていた。

 いろんな思い出がよみがえってきて、その一つ一つにありがとうって言えた。

 おばあちゃんは何も答えてはくれなかったけど、でも、ちゃんと伝わった気がした。

 そのときあたしはちゃんとお別れが言えたんだと思った。

 おばあちゃんとの思い出はいいことばかりってわけじゃない。

 わがままを言って困らせたこともあった。

 それでもおばあちゃんはあたしのことをかわいがってくれた。

 そんなあたしの未熟なところも全部受け止めてかわいがってくれたのがおばあちゃんだった。

 だからあたしも安心して甘えられたんだ。

 お葬式はとても悲しくて泣いたけど、でも、おばあちゃんはあたしの心の中に今もいてくれて、思い出すたびにあたたかな気持ちがよみがえってくる。

 おばあちゃんはいなくなったんじゃない。

 いつまでもあたしのそばにいてくれる。

 ありがとうね、おばあちゃん。

 わがまま言ってごめんね。

 こうしていつでも気持ちを伝えることができる。

 だからいつだってあたたかな気持ちがよみがえってくるんだ。

 でも、康輔は……。