あたしは本当の気持ちを口に出してしまわないように気をつけるようになった。

 出したら、その瞬間、終わりなんだ。

 パチンとスイッチをオフにしたみたいに楽しい時間が終わる。

 その時間すらなかったかのように、真っ暗な画面だけが残るんだ。

 いやだ。

 それは絶対に嫌だ。

 あたしは康輔とずっと一緒にいたい。

 あたしはね、康輔のこと好きだよ。

 一緒にいると楽しいし、気軽にくだらないことを言って笑い合えるし。

 康輔のことが好き。

 言いたいことはたくさんあったし、正直に言えば良かった。

 でも、どうしてもその言葉はあたしの口からは出せなかった。

 声に出そうとすると喉が詰まりそうになる。

 ものすごく息苦しい。

 大事なことを言おうとすると、いつもそうなってしまうのだ。

 そして、あたしはそのとき、気づいたのだ。

 本当はずっと前から気づいていたんだ。

 もしかして、これが恋なのかな……と。

 ただの好きとは違う、もっと大切な気持ち。

 その人のことを想うといても立ってもいられなくなるような熱い気持ち。

 考え出すと止まらなくなる素直な気持ち。

 本当は、ちゃんと分かっていたんだ。

 でも、分かってしまった瞬間、とても恐ろしくなって、あたしはその正直な気持ちを心の奥に閉じ込めてしまったのだ。

 見せて壊れたらどうしよう。

 あたしの気持ちが壊れるだけならいいけど、康輔もあたしのそばからいなくなってしまう。

 それが嫌だったし、怖かった。

 いなくならないように康輔の手を握りしめていればいいのに、そんなことをした瞬間、振りほどかれたら悲しくなる。

 だからあたしは康輔に確かめることも、康輔に素直な本当の自分を見せることもできなくなってしまったのだった。

 逃げたのは幼かったあたし。

 自信がないのもあたしの方だ。

 康輔に飛び込んでいってありのままの自分を受け入れてもらう自信なんか全くない。

 中一のあの日以来、あたしは気づかないふりをして自分をごまかし続けることにしたんだ。

 でも、それは決して悪いことではなかった。

 だって、そのおかげであたしたちはうまくやってこれたんだから。

 これからだって、それでいいはずなんだ。

 康輔がちょっと他の女の人に興味を示したからって、あたしにできることは何もない。

 今までと同じ、これからも同じ。

 それでいいじゃない。

 それで……。

 午後の休み時間に教室の窓から外を見ていたら、桜並木の奥の方から校舎に向かって歩いてくるジャージ姿の男子が目についた。

 康輔だ。

 猫背だから遠くからでもすぐ分かる。

 体育の授業が終わったのかな。

 茶色く色づいた桜並木がわさわさと音を立てた。

 キンモクセイの香りが鼻をくすぐる。

 くしゅん。

 くしゃみで一瞬目をつむった。

 目を開けたとき、康輔はもういなくなっていた。