◇
あたしが康輔に素直になれないのには理由がある。
三年前、中一の秋、ちょうど今くらいの時期だった。
康輔と二人で下校しようとしていた時のことだ。
校門を出てすぐのところに水たまりがあって、あたしが一瞬立ち止まったら、つっかえた康輔が後ろからぶつかってきた。
あたしも靴を濡らしたくなくて踏みとどまろうとしたから、行き場のなくなった康輔が体を支えようとして、ちょうどあたしの腰のあたりに後ろから抱きつくような体勢になってしまったのだ。
さすがのあたしも、いくらはずみとはいえ、男子にそんなことされるとは思ってなかったからその時は動揺してしまった。
しかも康輔はあたしからなかなか離れようとしなかった。
『なにしてんのよ』
あたしは思わずひじを突き出して康輔を振りほどいてしまった。
振り向くと、康輔は鼻血をたらして立ちすくんでいた。
『ちょっと大丈夫?』
『あ、ああ』
康輔はぼんやりと突っ立っているだけで、鼻血を止めようともしていなかった。
あたしはとっさに鼻の付け根をおさえてやった。
『やらしいこと考えてたんじゃないでしょうね』
『ちげえよ、思いっきし鼻をぶつけちまったんだよ』
そのころはまだあたしと康輔は頭半分くらいの身長差だったから、ちょうどあいつの鼻があたしの後頭部にグニッとめりこんだのだ。
『おさえててあげるから、ティッシュ出してふきなよ』
『持ってねえよ』
『じゃあ、自分でおさえてよ。あたしの出すから』
康輔に自分で鼻をおさえさせて、あたしは鞄からティッシュを取り出した。
『ほら、鼻に詰めなよ』
『おう、サンキュー』
そのまましばらくあたしたちはその場にいて、鼻血が止まるのを待った。
そのとき、康輔がぽつりとつぶやいたのだ。
『おまえの髪の毛っていい匂いするな』
はあ?
『女子の髪の匂いかぐなんてヘンタイじゃん』
『しょうがねえだろ。鼻から突っ込んじまったんだからよ』
あたしはつい、言ってはいけないことをいってしまった。
『キモイよ、コースケ』
『なんだよ、ほめてんだろ』
『べつにそんなことでほめられたくないし』
売り言葉に買い言葉。
ただのはずみ。
だけど、なんか自分から引くに引けなくなってしまっていた。