渡り廊下を抜けて普通科棟に入ってすぐの階段を上がる。

 A組、B組、そして、三つ目の教室まで来た。

 康輔の姿はなかった。

 もう、定期券を渡せたんだろうか。

 あたしは廊下を通り過ぎるようなそぶりで、チラリとC組の教室の中を見た。

 その人はすぐに分かった。

 知らない人のはずなのに、その人だと分かる。

 話に花が咲く輪の中で光を放つように目立っている。

 ほんの一瞬だったのに、その姿が目に焼き付いてしまった。

 少し明るめカラーのセミロングは毛先がウェーブしていて絶妙なふわふわ感に包まれている。

 前髪の控えめなボリュームが、二重のくっきりした目を際立たせていて、視線が合ったら男子じゃなくたって引き寄せられちゃうだろうな。

 あたしと同じ制服を着ているはずなのに、まるでアイドルの衣装みたいにかわいい。

 他人に見られている自分と見せたい自分のイメージをうまく重ねられる人だ。

 正直うらやましかった。

 あたしもあんな風に自分を見せられればいいのにな。

 そうすればもっと自信がつくのに。

 逆なのかな。

 自信があるからできるのかな。

 じゃあ、無理か。

 あたしはあたしだもんな。

 ため息しか出ない。

 あたしはそのまま反対側の階段をおりて調理科棟にもどった。

「おかえり」とミホはあいかわらずスマホをいじっている。

 あえて何も聞かないところがミホらしいけど、これはつまり、あたしから言えという優しい圧力なのだ。

「いなかったよ」

 顔を上げてミホが笑う。

「素直だよね、かさねって」

「素直だよ、あたし」

「でも、八重樫君のことになると頑固だよね」

「頑固だよ、あたし」

 それっきりまたミホはうつむいてスマホをいじる振りをしていた。

 何でも聞くよ、ということらしい。

 言いたいことはいっぱいある。

 あたしから話せばいいだけなのに、言葉が何も思いつかない。

 なんでこんなに臆病になってるんだろう。

 風に乗ってキンモクセイの香りが漂ってくる。

「なんかトイレの匂いしない?」

 クラスの誰かがそんなことを言って、「するする!」とあちこちから声が上がる。

 トイレじゃないよ。

 キンモクセイだよ。

 でもあえてみんなに言うべきことでもないよね。

 結局、昼休みが終わるまであたしたちは黙ったままだった。

 ごめん、ミホ。

 無駄な時間につきあわせちゃって。

 あたしの甘え癖は不治の病だ。