「ねえ、鷹宮先輩って知ってる?」

 あたしは康輔が拾った定期券のことをミホに話した。

「二年生でしょ。有名じゃん。いろんなうわさ聞くよ」

「どんな?」

 ミホがにやける。

「何よ、気になるの?」

「まあ、少しはね。そんなに有名なのか、知らなかったな。普通科なの?」

 首をかしげながらミホがため息をつく。

「ちがうでしょ。八重樫君の方でしょ」

 はあ?

「美人に取られちゃうかも、なんて心配なんでしょう?」

 いやいや、どうしたらそういう話になるのよ。

「また、いつもみたいに、べつにつきあってるわけじゃないからとか言うわけ?」

 ミホはあたしの言いたいことを先回りしてくれる。

「いつまでもごまかしてないで、認めちゃえばいいのに」

「何を?」

 分かってるくせにと言ったきり、ミホは口をつぐんでしまった。

 開いた窓から風に乗って凜とした香りが漂ってくる。

 ミホが深く息を吸う。

「キンモクセイだよ」

 花の名前を教えてあげると、意外なことを言い出した。

「それも八重樫君に聞いたの?」

『それも』ってどういうこと?

「え、違うよ。なんで?」

 ふうん、と微笑みながらミホが匂いをたどるように窓辺に歩み寄った。

 あたしも並んで外の景色を眺める。

 目の前は葉が焦げ茶に色づいた桜並木で、どこからキンモクセイの香りが漂ってきているのかは分からなかった。

「入学式の日にさ、かさねと初めて話したときのこと覚えてる?」

「イケメンの妄想のこと?」

「それもあるけど……」とミホが桜並木を指した。「ほら、ここから桜の花を見ていて、八重樫君の話を聞かせてくれたんじゃん」

「あたし、なんか言ったっけ?」

「やだ、忘れてる。八重樫君、かわいそう」

 秋の桜は春とは趣が違うせいか、記憶を呼び起こしてくれそうにない。

 全然思い出せない。

 ねえ、何の話したっけ?

 聞いてみようとしたけど、ちょうど予鈴が鳴ってしまって、話はそこで終わってしまった。

 クラスのみんなが移動を始める。

「かさね、ミホ。一限から実習でしょ。ホームルームなしだよ」

 あ、そうだった。

 今日は野菜の切り方の実技試験があるのだ。

 準備も評価に入るんだった。

 あたしたちも早く調理室に行かなくちゃ。