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 教室に入って机に鞄を置くと、いつものように同級生のミホがやってきた。

「はあい、ヤッホー、かさね」

「おはよう、ミホ。元気だね」

「なによ。なんかテンション低いじゃん」

「べつにそうでもないよ」

 ふうんと軽く首をかしげると、ミホはとりとめのない話をし始めた。

 これもいつもと同じだ。

 勘が良くて気配りのできる子で、あんまり深く踏み込んでこない。

 絶妙な距離感をキープしてくれる居心地のいい友達だ。

 ミホは人の悪口も言わない。

 誰かがそういう話をしそうになると、こっそりと距離を取ったり、よそ見をして聞いていなかったふりをする。

 べつに性格がいいからというわけではないらしい。

 本人が言うには、巻きこまれるのは面倒だからなのだそうだ。

 ミホとは入学式の日にすぐ仲良くなった。

 春、高校生になった時、あたしだって少しは新しい恋の出会いに期待していた。

 初めてのカレシができる時ってどんな感じなんだろうなんて、漫画とかドラマで見たようなシチュエーションに憧れているときもあった。

 でもさすがに、パンをくわえて角でぶつかるとか、図書室で同じ恋愛小説に手を出しかけてなんて、そんな場面、あるわけないのは分かってた。

 そもそもあたし、朝はパンより断然ご飯派だし、活字の本は自慢じゃないけどまったく読まないし。

 料理のレシピ本なら見るけどね。

 でもやっぱり、カレシができる時って特別な瞬間であってほしい。

 忘れっぽいあたしでも忘れないくらい印象的な出会いであってほしい。

 それくらい望んだっていいんじゃない?

 ちょっとでもいいからロマンティックであってほしいって思う。

 ベタでいいから。

 ううん、逆。

 ベタなロマンがほしいんだ。

 夜景とか花火とか。

 素敵なカフェでハートのラテアートに顔を寄せ合って写真を撮ったりしてもいいな。

 康輔だったら『どうせ飲んだら何でも同じだろ。コーヒー牛乳じゃねえかよ』って言うに決まってる。

 桜の花散る散歩道で花びら追いかけて転びそうになって、『おい気をつけろよ』なんて腕をつかまれたり、そんなのでもいい。

 その後で、『きれいだよね』なんて言われて照れてたら、『桜がさ』ってからかわれて、ちょっとムスッっとふくれたところで、『本当はおまえのことだよ』なんて言われてみたい。

 べつに、『おまえさ、鏡見たことある?』って笑わなくたっていいじゃん。

 見なくたって知ってる。

 かわいくない。

 ニキビできてるって言われちゃうし。

 それに、康輔のことを悪く言ってばかりいるくらい中身だってひねくれてるし。

 本当はいいやつだって分かってるのにね。

 でも、ほめてやらないんだから、ひねくれてることにかわりはないか。