神社の角を曲がったところで、さっきから黙ったままだった康輔がつぶやいた。

「お、なんか匂いがする」

 キンモクセイだ。

 道路沿いの家の生け垣にオレンジ色の細かい花がいっぱいついている。

 もう半年この道を通っているのに、気がつかなかったな。

 キンモクセイって、香りがないと葉っぱが茂ってるだけだから、ふだんはあんまり意識しないんだよね。

「キンモクセイだよ」と康輔に教えてあげる。

「おまえ、こういうの好きそうだよな」

「なんで?」

「いい香りじゃん」

 何よ、急に。

 たまにこういうことを言うからよけいに何も言えなくなってしまう。

 それに、やっぱり、さっきの微妙なやりとりのことなんかすっかり忘れちゃってるみたいだし。

 やっぱり康輔は康輔だ。

 だから、やっぱりそれでいいんだ。

 あたしがよけいなことをして、今のこの二人の関係を壊してはいけないんだ。

 あたしはあたしらしさを演じて、康輔は康輔のままでいること。

 それがあたしたちをつなぐ暗黙の了解ってやつなんだ。

 校門をくぐって、下駄箱で靴を履き替えたところで康輔と別れる。

 あいつは普通科棟で、あたしは調理科棟で校舎が別だ。

「その定期券、一人で届けてきなよ」

「なんでだよ」と康輔が口をとがらせる。

「わざわざ普通科に行くのめんどくさいから」

「しょうがねえな」とぼやきながらおとなしく去っていく康輔の背中に向かって、もう一度エアでパンチを入れた。

 今度は振り向いてくれなかった。

 目の前にいるのに宇宙の果てと交信してるような気分だ。

 どんどん離れていく人工衛星。

 応答せよ、応答せよ。

 こちらかさね、コースケ応答せよ。

 ガガッ、ピッ……ザザー。

 あたしたちの通信はいつもノイズだらけだ。