朝からモヤモヤとした気持ちを抱えながら暗い竹藪に囲まれた坂道をとぼとぼ歩く。

 康輔とはしょっちゅうこんな感じになる。

 解決方法なんてない。

 モヤモヤが晴れるまではお互いに黙っている。

 たいていは康輔がなにかくだらないことを言い出して、それがリセットの合図になる。

 あたしもべつにそれを引っ張ろうとは思わない。

 何もなかったことになって終わりだ。

 実際、この前は何が原因で似たようなことになったかと聞かれても、全然思い出せない。

 でも、それでいいんだ。

 どうせくだらないことなんだし、そうやってお互いに適当に受け流せるのも、あたしたちが一緒にいられる理由なんだって自覚している。

 だから、それでいいし、それがいいんだ。

 顔を上げると、竹藪の間から差し込む一筋の朝日がまぶしい。

 黙ったまま一歩前をいく康輔の猫背を見上げながら、あたしはそうやって自分に言い聞かせていた。

 坂を上がったところに白い石造りの鳥居がある。

 この辺りでは有名な勾玉神社だ。

 七五三予約の案内看板に『勾玉様』というゆるキャラが描かれている。

 勾玉の形をモチーフにした神様らしいけど、餃子にしか見えないと、地元では不評だ。

 見上げるほど大きな楠やイチョウの木に囲まれた境内からは、いろんな種類の鳥の鳴き声が響いてくる。

 鳥居の奥にならぶここの狛犬は康輔に似ている。

 左右あるうちの左側の方が特に鼻がつぶれていて、パグとかフレンチブルドッグみたいでかわいい。

『俺、あんな顔じゃないだろ』って本人は否定するけど、毎朝わざわざ狛犬に向かって手を合わせていく。

『だってよ、本当にこんな顔になっちまったらやばいじゃん』

 いや、だから似てるんだってば。

 今朝は手を合わせず、素通りした。

 モヤモヤを晴らすチャンスが一つ消えてしまった。

 いつもみたいにお参りしていってくれれば、「似てるよ」なんて話すきっかけくらいにはなったんだけどな。

 ふうっと細く息を吐き出す。

 ため息をついていることに気づかれたくないくせに、下手な口笛みたいにヒュウと音を鳴らしてしまった。

 でも、康輔はため息にも、口笛にも気づいていないみたいで、それもまた新しいモヤモヤの種になる。

 ああ、もう、朝からなにやってるんだろ、あたし。

 せっかく衣替えなのにね。

 服を着替えるみたいに、気持ちもさらっと切り替えられたらいいのにな。